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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-5

02

児童公演は村の公民館を借り切って行う。公演の二日前から公民館への大道具の搬入が大人の手により行われていた。
収容人数三百名余りの、普段はあまり使われない錆びや塗装の剥げが目立つ公民館は、公演が近づくに連れ人の出入りが激しくなっていった。それに合わせ、初めは冷気を帯びていた建物の内部も、次第に息を吹き返したように本来あるべき温もりを取り戻していった。
美優がセットを終えた舞台を見たのが当日だった。
初めて見る、自分が創り上げた舞台を眺めた時、彼女の胸に感動がこみ上げた。それと同時に、自分の我侭に付き合ってくれた沢山の人達に、一人一人頭を下げて回りたい気分にさせられた。
所長はこの舞台の為に、近隣の町から照明道具を借りてきていた。美優が丁度観客席に居る時に、照明道具を搬送している所長と目が合った。
所長は「これで美優ちゃんの思い描く舞台ができるね」というように、にっこり美優へと微笑んだ。
それに美優は鼻がつんとなり、目頭を熱くした。
――だめだめ。まだ始まってもいないんだから、感動するのは早い。
美優は頬を張り、緩んだ涙腺に喝を入れた。
公民館の楽屋では子供達がそれぞれの衣装に着替えを始めていた。
普段はうるさい程賑やかで笑顔が絶えない子供達は緊張故に、まるで葬式に参列するような沈んだ面持ちとなっていた。
動きも緩慢で、震えている子さえいる。
――駄目だこりゃ。みんなゾンビになってる……。
どんよりとした楽屋を見渡して軽い頭痛を覚えた美優は、痛みを抑えるようにこめかみに指を当てた。

「いいみんな。緊張は誰だってするものなんだよ。もし失敗しても落ち込まないでね。自分たちが練習してきた成果を全て出し切ろう!」
緞帳の下りる舞台上では美優を中心に、小学一年生から六年生までの小さな俳優達が円陣を組んでいた。子供達はもう逃げ出せない、後戻りはできないと腹をくくったのだろう。辺りには集中力の高まった、良い緊張感が漂っている。
美優は内心、茜が台詞を口にすることができるだろうかと、不安で仕方がなかった。けれどそれをおくびにも出さず、茜を見て「出来ても出来なくても、私は茜ちゃんを責めないから、精一杯やっておいで」と彼女を軽く抱きしめた。

公演への人の入りが予想よりも遙かに凄まじく、美優は一緒に見ようと約束していたシスターの姿を見つけ出すのに手間取ってしまった。
右へ左へ流れる人に体をぶつけられながら、美優はようやっと控え目に手を振るシスターの姿を発見した。そこにはパイプ椅子が二つ、まるで美優とシスターの指定席のように空いていた。
美優はシスターの元へと駆け寄って、人混みでもまれ荒くなった息を整えた。
「ごめんなさいシスター。座席、ありがとうございます」
「いえいえ。でも、立ち見の人もいるみたいだし、主催者が座っているっていうのは、なんだか申し訳ないわねぇ」
そう言われ美優は辺りをぐるっと見渡した。
数時間前のホールは美優にはとても広く思えたが、今は違う。
平坦だったパイプ椅子の絨毯が、ひしめき合う人の黒い頭が並び波打っている。ホールの壁が人を押し潰さんと圧迫する。むせ返るほどの化粧や香水や防虫剤のにおいがごちゃ混ぜとなり嗅覚を狂わせる。ざわめきは衣服に吸収され、吸収されない低音域が腹に響く。
シスターを探すことに専念していた美優はここへきて、どれほどの人が公民館に押し寄せているのかを目の当たりにした。そのあまりの人の多さに目を回してしまいそうだった。
――これだけの人数が集まったということは、この村の人全てがここに集結したことになるんじゃ?
美優は一から作り上げた自分の舞台を、村の住人全員に見てもらえることを喜びつつも、上演される演劇が自ら執筆した脚本だと思うと顔から火が出そうになった。
「安心して。ここにいるお客さんからお金は貰ってないし、第一自分たちの子供や孫の活躍を見に来てる。誰も公演の完成度を見には来てはいないわ」
耳元で囁いたシスターの言葉に、美優は憮然とした。
――それじゃまるで私たちの作る舞台が全然駄目みたいな言い方じゃない。けど確かにシスターの言う事は一理ある。
発言に悪意はないのだろう彼女の笑顔を見て、美優はのど元にせり上がった反論を飲み下した。


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