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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-4

「そうか……。それならそうすればいいんだ」
「あら美優ちゃん、何か閃いたのかしら?」
「はい、全部繋がりました!」
「繋がった?」
シスターの自由な首が横に傾いだ。彼女の動作につられ拘束具が音を鳴らした。
「今回の舞台ですが、脚本全部書き直します」
「ええ?」
「それと、主演は茜ちゃんで行きます!」
美優の言葉にシスターは目を見開いた。
「でも、美優ちゃん。茜ちゃんがやってくれると――って、ちょっと待って」
シスターの言葉が終わる前に美優は走り出した。
「すみませんシスター、このままだと忘れそうなんで、急いで帰って執筆に取りかかります!」
引き留めようと擦れた声を出すシスターに手を振って、美優は風のように託児所を飛び出した。シスターは拘束具を巻き付けているために手を振れないので「がんばってね」と彼女を笑顔だけで見送った。

美優の脚本は締め切りに何とか間に合った。配役も無理なく託児所の子供全員に割り振ることができた。彼女は丁寧にも大道具、小道具、衣装とそれぞれノートに細かくラフを書いて託児所の所長へと提出した。
美優が残念に思ったのが、村の公民館で公演を行うため、照明に力を入れることができない点だった。そこには強いこだわりを持っていただけに、なんとかできないかと所長に詰め寄った。美優のあまりの熱意に所長は何度も頭頂部まで禿げ上がった頭を撫で、渋々といった様子で「やれるだけやってみるけど、期待はしないでね 」と首を縦に振った。
シスターは茜が主役を演じてくれると思っていなかったようだが、美優が交渉してみると案外すんなり首を縦に振った。
依然として茜が人を傷つけて公演中止になる可能性も存在していたが、新しい脚本での舞台練習が始まると同時に――練習に熱が入ったからだろうか――茜が人を傷つける事はなくなっていた。
全てうまく行く。美優はそう思った。
だが、美優の思いも寄らぬ所で問題が発生してしまった。

終盤の暗闇を抜けるシーンで、茜の台詞が一言あるのだが、何度繰り返しても彼女は台詞を口に出すことができなかった。
そのシーンになると決まって俯き、口を何度も開こうとするのだが力なく閉じてしまう。
台詞を覚えていないのではなく、覚えているのだが何故だか口に出すことができない――そんな様子だった。
このままでは舞台に支障を来す。そう思った職員は美優に再三台詞を変える、または配役を変えるよう迫ったのだが、美優は断固としてそれを拒んだ。
いつか言えるだろう。美優は期待を胸に抱き、毎日舞台の稽古を見守った。
しかし美優のそんな期待も空しく、まるで呪いに掛けられたかのように茜は公演当日まで、終盤のシーンのその台詞だけを口にできなかった。


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