魔法使いの告白 7-3
「あの日。彼が北野さんの恋人だとわかって。見ないふりするのが僕の商売です。彼でなければ、僕はきっぱりあきらめることができたのかもしれません。でも…。彼も僕を警戒していたようでした。」
「警戒?」
「ええ、自分の彼女が知らない男と、知らない話をしているのは、面白くないでしょうね。それに僕は彼が他のオンナノコと遊んでいるのを知っているわけですから」
坂井さんがまた缶を口に運ぶ。
「僕もあの場をコントロールすることができるのか自信がなかった。自分自身をおさえることすらアヤシかった。それで、目配せして姉貴を呼んで交代してもらったんです。」
「わからなかった。そんなこと。てっきりみかさんの都合で交代したのかと。」
「そうでしょう?そこは一応プロですから」
少し笑ってまた缶に口を付ける。
前屈みになると組んだ手の上に額を載せて顔を伏せる。
「店を閉めてから、ひどく落ち込んでね。きっと、あんな男と。今頃って思うと。…すみません。ひどいこと言ってますね」
坂井さんは俯いたまま頭をふって、言葉を継いだ。
「そしたら姉貴が言ったんですよ。そんなに好きなら、手段なんか選ばないで、そのナリで誑しこめばいいんだ、そのカッコでつかまえられないオンナノコはそうはいないんだ。…ばかね。って。」
坂井さんはぎりっと歯を噛みしめていた。悔しそうに。
私はまたぽろぽろと涙をこぼした。
今日は泣いてばっかり。
「そうしてくれたらよかったのに。」
私は孝文のことを忘れるために、坂井さんに抱かれたかったのだ。
孝文に対しての当てつけだった。
それなのに孝文と決別しようとしている自分を認められなかった。
だからエクスキューズが欲しかった。
だから愚かな自分を責めるようにムチャクチャにされたかった。
けれども。私はジレンマの中にいた。
……私の身勝手な感情のまま優しいこの人を利用するなんてできない。
坂井さんが驚いたように組んだ手の上に載せていた頭を上げた。
笑いかけようとして、でも、涙もとまらなくて。
「ごめんなさい、困らせるつもりはないんです。けど。…ダメですね私。」
「…少しは自惚れてもいいのかな。やっぱり…僕はあなたが好きです。」
坂井さんの右手が私の頬に触れた。
顔が近づいてドキドキする。
「少しずつで良いです。僕を見て。僕はここにいます」
私は目を見開いて坂井さんを見た。嬉しかった。
その一言で孝文の存在が吹き飛ぶ。滑稽なぐらいあっさりと。
どうして、今まで孝文と別れられなかったのか。
こんなに真っ直ぐに私を好きだと言ってくれる人は他にはいなかったのに。
坂井さんが私の頭を抱え込むように胸に引き寄せた。