投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「アジアの闇を追え!」
【ミステリー その他小説】

「アジアの闇を追え!」の最初へ 「アジアの闇を追え!」 7 「アジアの闇を追え!」 9 「アジアの闇を追え!」の最後へ

「アジアの闇を追え!〜後編〜」-3

 その夜、俺は久しぶりにフィアンセのゆきとゆったりしたディナーの時を過ごしていた。ゆきの好きなファドを聴きながら、さっぱりしたポルトガルの魚料理を食する。冷えた白ワインが喉に染みる。大事にしたいひととき、こんなひとときがずっと続いたらどんなにいいだろう、ふと思う。一方で、捜索願の出されていた女性達の顔が脳裏に浮かんだ。
 俺の元にももう経済部への異動の辞令が届いている。今日は俺の出した結論をどうしてもゆきに伝えなければならない。それを思うと心が石のように重くなる。
「ゆき、今夜はゆきに、話さなきゃいけないことがあるんだ」
 俺は俯きながらそう言うと、顔を上げてゆきの方を見た。その時、俺は思いがけないものを見た。ゆきはテーブルをじっと見つめるようにして肩を震わせている。ゆきの眼から、大粒の涙がテーブルに落ちた。
「ゆき、どうした?」
「じゅん、ごめん、あたしもう限界だわ」
「何があったんだ?」
 ゆきはしばらく沈黙していた。そしてようやく落ち着きを取り戻すと、自らの体験した恐怖の日々を話し始めた。
「ある日の夕方、部屋の窓から外を覗くと、知らない男の人が道の向こう側に立って私の方をじーっと見ている。その時、なぜかぞーっとしたのよ。それからだわ、夜中に無言電話がかかってくる、頼んでもいない出前が届く、そしてこの間は、火のついた紙を郵便受けに投げ込まれたのよ」
 ゆきは慟哭した。
「なぜ黙ってたんだよ」
「さすがにその時は、管理人さんが心配して、一緒に警察に行ってくれたわ」
 俺には心当たりがあった。俺はここのところずっと、例のマル暴のフロント企業に密着していた。
「じゅん、あたし、じゅん見ててさあ、凄く思ったのよ。この人だったら、もしあたしが被害者の子と同じ目に遭ったら、命懸けで助けにきてくれる。なんだか切なくて言えなかったよ。だって、じゅん、一生懸命なんだもん」
 俺はゆきがたまらなく愛しくなった。その時、思ってもいなかった言葉が俺の口をついて出た。
「ゆき、俺、辞令が出たんだ。経済部に異動だ。俺、受けることにしたよ。これからはこういう二人の時間、もっと持とうよ」
 ゆきはやや意外そうにして黙っている。ぼんやり遠くを見つめているような眼だ。
「なんだ、ゆき、嬉しくないのか?」
「嬉しいわ。でも他の被害者の子はどうなるの?」
 ゆきは切ない眼で俺を見るとそう言った。
「心配すんな。助ける方法はある。俺、今度の土日、東京行ってくるよ。どうしても会わなきゃいけない人がいるんだ。そんな眼で見ないで俺を信じろよ!」

 日曜日の午後、俺は霞ヶ関の喫茶店である女性と会っていた。厚生労働省の西さんだ。西さんは肩書きだけ見ると普通のキャリア官僚、役職は係長だ。30そこそこ、中肉中背の今風の女性である。ただ一つだけ普通の女性と違うところがある。その眼光の異様な鋭さだ。それは修羅場を潜ってきた者だけが持ちうる目力だった。
「大変だねえ。日曜もいつも仕事なんだ」
「休みは土曜、っていうか、休めるなら土曜ね。貧乏暇なしよ」
「西さん、俺はもう真相解明は諦めた。共犯者の逮捕もだ。だけど、他の被害者だけはどうしても助けてあげたい」
「あたしも同じ気持ちよ。じゅんがいち早く知らせてくれたおかげでずっとこの事件ウォッチしてる。おかげで早く動けるよ。来月に入ったらすぐ出張に出るから」
「出張って、どっち方面?」
「じゅん、あたしは公務員であなたは文屋さんでしょ? 公務員には守秘義務があるのよ。特に今度の事件はデリケートだからね」
「わかった。やっぱり拉致問題絡みなのかな。それもNGかな」
「極東にいま波風が立つのはまずいのよ。アメリカにとってもそうだし」
「アメリカ? そう言えばグーグルの検索でこの事件のことが引っかからなくなった時、アメリカが裏で糸引いてるって誰か言ってたな」
「じゅん、ゆきちゃんは元気?」
「うん」
 俺はちょっと後ろめたさを引きずりながら答えた。


「アジアの闇を追え!」の最初へ 「アジアの闇を追え!」 7 「アジアの闇を追え!」 9 「アジアの闇を追え!」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前