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煙の思い
【ショートショート その他小説】

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煙の思い-1

吐き出した煙は夜空に僅かな曇りを残し、空気に溶けて、消えていく。
子供の頃は煙草が嫌いだった。匂いも、人が煙草に火をつける仕草も、ぼくには好ましく思えなかった。
煙草を吸う人の気持ちが分からない。
生まれ付き喘息持ちだったぼくは、高校生になっても友人によくそんな事を言っていた。
あの日、ぼくは確かに勘違いをしていた。
煙草はただ吸う為にあるものじゃない。
人が現実から僅かに目を背けたい時に、そこに必要なパズルのワン・ピースなのだ。
高校生のぼくは、ぼくは自分が思っている以上に何も知らなかった。そしてその事に気づいてもいなかった。
自由に飾り付けられた不自由な世界の中で限定的に与えられた自由は、いつの間にかそれが全てだと勘違いするには、充分過ぎた。
そんな客観性の無い子供っぽい心と無駄に成長していく体を持て余しながら、ぼくは一方で大人というものに憧れてもいた。
いつか全てを受け入れられるような、そんな広い心を持った大人になりたい。
今になって考えても、それはけして間違った考えではないと思う。
でも、その頃のぼくは知らないものが多すぎた。
そうなるまでの過程やその事自体の難しさも、心のどこかで気付いていながら、先送りにしていた。
高校生のぼくに、言ってやりたい。
大人になれば、確かに世界は広くなっていくし、受け入れられるものも多くなる。
けれど、その広くなった世界はお前が描いていた広い世界とはけして重ならないし、受け入れられるものが多くなるにつれて、同じ位、受け入れられないものも多くなっていくんだ。
成長していく自らの世界は汚いわけじゃない、目を見張る程綺麗な側面もあれば、避けて通りたくなる程汚れた側面もある。
高校生のぼくは、その汚れた側面だけから目を背けていただけだ、そしてそれが許される時間にぼくは暮らしていた。
高校生の頃のぼくが考えている事は、だから、きっと間違ったものではないのだろう。
飛んだ事も無いのに、飛べる気がした。胸の中には何も飛び込んで来ていないのに、何もかも受け入れられる気がした。何もした事が無いのに、全てができる気がしていた。
ただその時から少しずつ時間経つにつれて生々しく現実に近づいてくる自らの持っていた希望や願望に、ぼくはたじろいだのだ。
昔と比べて、随分と時間が経った気がした。少し目を離したすきに季節は幾つも巡った。その後を目で追うヒマすら許されなかった。
そんな余裕のない暮らしの繰り返しの中で、いつしかぼくは自分から夢や希望を探す事を躊躇するようになった。
与えられたものを許された範囲内で扱うようになった。与えられたもの以外のものを扱うのを恐れるようにもなった。
そこに以前のような輝きはない。あったとしても、それは同じように見えるだけで、中を覗けば、それはきっとただ歪で滑稽なものでしかない。
「ぼくは…」
自然と出た呟き声を聞いていたのは、煙だけだった。
煙草を口元に運ぶ、けれど、もうそれを吸う気にはなれなかった。
煙草の先端から、煙が立ち上る。空気に溶けるまで、それを見ていた。
後何年もすれば、ぼくは今のような思いをする事すらなくなってしまうだろう。
喧騒の多い社会に押し潰されない事にだけ必死になって、自分が歪になっていってゆく事にすら気付かなくなるのだろう。
ああ、いつの間にか大人になってしまったのだ、ぼくは。


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