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『paper plane』
【ショートショート その他小説】

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『paper plane』 -1

 輪ゴムで作ったカタパルトで射ち出した紙飛行機は、高速で旋回し上昇気流を捉える。スピードは徐々に落ちて行くが、旋回の半径は大きくなっていく。
あっという間に天高く舞い上がる。子供の頃と比べて、格段に視力が落ちてしまったこの目では、もうその輪郭がはっきりと掴めない。
 子供の頃に、折り紙や算数のプリントで作った紙飛行機は、大きな浮力を生んだり気流を捉えたりするような構造なんかは無く、単純に振られた僕の右手が生んだ慣性だけでただ前に進んでいた。それは僕の視界から抜け出すことは無く、小規模な空で小規模な自由を描き出していた。
「算数なんて将来社会に出ても使わないよな」
 友達とそんなことを言いながら、それでもテストでは親に怒られない程度の成績を取るくらい努力はしていた。
 あのころの僕に言ってやりたい。算数が社会に出ても使わないってことは誤解じゃない。でも大人になったら、広い社会で使うことを習得すると思ったらそれは間違いだ。
 大人だって、子供のころと同じだ。小さな職場の中でだけ通用する「社会に出たら使わない」ような知識や決まりごとばかりを覚えていくことになるのだ。それに比べたら、算数なんてよっぽど普遍的で役に立つ知識だ。
 子供の頃の僕は無知だった。無知だったから、紙飛行機を自分のコントロール下の空の中でだけ飛ばせていられた。
 遠く高く舞い上がる飛行機を見て、僕は自分がいつの間にか自分で思っているよりもずっと大人になってしまっているということに気付く。
 大人になる、ということは、色々なことを身につけていくことだ。自分の中にある欠落を埋めていくことだ。 
 それは悪いことじゃないだろう。
 でも、と僕は思う。僕が今まで埋めてきた空白について思う。
 それは、すべて本当に埋めるべき空白だったのだろうか。
 成長は一方通行だ。成長という過程が為しえるのは、空白を、欠落を埋めていくことだけだ。一度欠落を埋めてしまえば、それを意図してもとに戻すことなんてできやしない。
 欠落を手に入れる、なんてことは出来ない。子供は大人になることは出来る。でも大人は子供になることは出来ないのだ。無理矢理掘り返したり叩き壊したりしてみたって、同じ形、同じ深さの欠落は戻ってこない。それに人工的に造ったものなんて、すぐにそれと見破られてしまう。
 僕は、本当は手付かずのまま保護しておくべき地域をも、気付かないうちに乱暴に埋め立ててしまったのかもしれない。そう思うと、気持ちが不思議な落ち込みかたをする。
寂寥としての空、その中を僕の意思を乗せた飛行機が飛ぶ、悔恨としての雲には届かない。
 でも、僕は大人にならないわけには行かなかった。前から次々にやってくる細々とした現実的な厄介ごとを円滑に片付けていくためには、自分も円滑になるしかなかった。表面をでこぼこにしたまま放っておいたら、周囲の人も巻き込んで色々なものを傷つけてしまうことになったかもしれない。
「俺のせいじゃない」
 誰に向けた言葉なのか、僕は知らず空を見ながら呟く。
 僕が大人になっていくたび、紙飛行機はより遠くまで飛ぶ。そして僕の視力は落ちていく。僕が見る紙飛行機の姿は、どんどん小さくなっていく。
 僕と紙飛行機の相対距離は加速度的に開いていく。
 いつか見失ってしまうかもしれない。
 いつか失くしてしまうかもしれない。
 それが嫌だから、僕は太陽の眩しさに負けないように、必死に目を凝らす。
 そろそろ紙飛行機は気流と手を切り、重力に惹かれ始める頃だ。
 僕は必死に目を凝らす。
 僕を乗せた紙飛行機を見失わないように。


<了>


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