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『小指の爪』
【青春 恋愛小説】

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『小指の爪』-1

「お前はどんなのがいいの?」
「指がきれいな女の子ってさ、いいよな」
予備校の教室。休み時間にふとそんな会話が耳についた。
その声に、私は体全部が耳になってしまったようで、耳をそばだてる以外の動きが取れなくなった。
声の持ち主は一聞瞭然。
そうか、指のきれいな子が好きなのか…。
やっと目が役割を取り戻す。視線の先には自分の手。
色はけっこう白いほうだと思う。指は長くはないけれど、太くもなし。爪を少し整えたらわりとキレイな指になるかもしれない。
そう考えたら、耳に伝わってくる音は自分の脈だけになっていた。
学校のそれよりも少し高めのチャイムが鳴った。
教室を出る人やらバックからテキストを取り出す人やらで休み時間よりも少しざわめきが大きくなる。
私も友達と席に落ち着いた。それはあくまで体だけだったけれど。


「ねえ、爪キレイにして」
ドアを開けるが速いか、私は両手を部屋の中に突き出した。
部屋の主は無言のまま、私にひそめた眉を向けてくる。
「…あんたは帰ってくるなり――他に言うことはないの?」
その声は明らかに大きなため息とともに発された。
「ただいま。ねぇお姉ちゃんあれやってるじゃん。ネイルアート。あれやって」
雑誌をめくる手も止めず、彼女のしかめっ面は明らかに「めんどくさい」と語っている。正直者だ。
「ねぇ〜」
高校生にもなって地団太踏む私。
「あんた明日も学校でしょ。そんな爪で行ったら怒られるよ」
やっと視線を私に戻して、彼女は言う。自分がめんどくさいだけだろうに。
「お姉ちゃんみたいな派手派手の爪じゃなくていいの。ちょっと整えてよ」
派手派手って何よ、とぶつぶつ言いながら、彼女はベッドにうつ伏せていた体を起こす。よし、これはいける。
首を回しながら私に近づいたが、しかし私を素通りして部屋を出て行く。
「ご飯の後でね」
階段まで歩いてそう言うと、ゆっくり下りていってしまった。
今すぐじゃないのがもどかしいけれど、いちおう彼女はこっちの要求はのんでくれたらしい。
あとでお返しに何か要求されそうだけど、それはその時に考えることにして、私もリビングへ下りる。


「ねぇ、はやくはやくっ」
夕食後、私は早速姉を急かす。この時を待っていたのだ。
「はやくしてほしいんだったらね、あんたも手伝いなさい」
流しに向かっている母親が口をはさんだ。
ここで我がままを言うと、下手したら爪を整えてもらえないかもしれない。それはまずい。
鼻の下を膨らましながら流しに向かった。
母親、食器洗い係り。姉、食器拭き係り。私、食器片付け係り。
一仕事のあと、姉の部屋。
「あんたさぁ、好きな子がいるんでしょ」
無言で私の爪を整えていた姉だったから、突然の声に少なからず心臓が跳ねた。
しかし次の瞬間、それが姉の言葉のせいだったことに気づく。跳ね上がった心臓は、落ち着くどころか軽快なステップを踏み続けている。
姉は私の爪から目だけを離してこちらを見つめてくる。飛び上がった心臓の音が彼女に聞こえてしまったような気がして、彼女と目を合わせることができない。
「かわいいねぇ〜、あんたってば」
思いのほか優しい声が聞こえたかと思うと、私は頭をぐりぐり撫でられていた。
それがどうしようもなく恥ずかしくて、どういう顔をすればいいのか分からなかった。だからとりあえず姉のわき腹を軽く殴った。
潰れた声を出すのと同時に私の頭に置いた手を引っ込めた姉は、いつもなら文句のひとつも言いそうなものなのに優しいままで、私はますます彼女を見ることができなかった。


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