密心〜かみのきみ〜-1
「ではまたな、みそか」
「蔵ノ介さま、ありがとうございんした」
ことりと頭を垂れ見送る私はまるで項垂れるようだ
内心置いてゆかれる子供のような気持ちをしているから間違ってはいないだろう
「甘味の君、また来てくださいんせぇ」
「牡丹花魁…その名はどうにかならぬものか……みそか、これを。また来るときまでは持とう。味わっておくれ」
今回はただ添うように微睡み眠るだけの一夜だった蔵ノ介さまはそう去っていった
甘味の君
蔵ノ介さまのあだ名だ
会瀬の度この時代めずらしい甘いものを置いてゆくかららしい
ただ牡丹姐さんだけが可笑しそうに教えてくれた
羨ましいんだよぉ
遊女花魁を一途に思う旦那は多けれど、遊女には相手は数多いるのだ
その中でみそかのように初めての旦那にこんなに一途に思われ、未だ旦那しか知らない
しかも痛い辛い苦しいの三苦しかない初をあんなに優しく手折られては……神さまのくださった巡り合わせのようだ、と
まさしく美神のごとき風貌なのだから、とも
だから甘味の君、かみのきみ、神の君と呼ばれているんだねぇ
そう教えられたとき、蔵ノ介さまが誉められているようなのが自分のことのように嬉しかった
蔵ノ介さまは事実優しくいるかわからぬ神さまなどより余程お美しいだろう
なぜ選ばれたのが私なのかはわからないけれど、今はただ幸福だった
籠のはずの遊廓が、会瀬のための秘め場所で、金銀代わりに取引されるこの身が愛されてると錯覚しそうなほど
幸せだった
あれ以来、牡丹姐さん以外の姐さん方にも、何がどうやら挨拶を返されるようになり、私も遊女として認められたのだなと仄暗い気持ちのなかでも――やはり安堵した
私はきちんと存在していた