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「僕らのひどく歪んだ関係」
【大人 恋愛小説】

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「僕らのひどく歪んだ関係」-1

 運命だとかいう気はない。たぶん欲張りだったんだろう。その日までの幸せより、もっと貪欲に求め合う体が欲しかっただけ。
 僕と彼女の関係はたぶん、ひどく歪んでいる。

 出会いはありきたりだ。会社の上司と部下。ちょっと違ってるのは、彼女の方が上司だったってこと。仕事の相談がいつの間にかプライベートの話になって、帰りに飲みに行ったり食事をしたり、気付いたらホテルにいた。でも僕には可愛い娘と愛する妻が、彼女には大切な夫がいて、何が不満だったわけではない。本当に気まぐれだ。お互い一夜の過ちにするつもりだった。
 体はありえないほど情に通じる。いつのまにか相手を目で追うようになってた。僕という人間がふたりいるみたいに、罪悪感も何もなく、僕は彼女を誘った。彼女もそれを受け入れた。束縛したいわけじゃない、ただ求め合いたい。口ではいえないことも伝わる気がした。愛でも恋でもないこの情欲はなんというのだろう。

 当然のごとく職場では僕たちの関係がうわさになりつつあった。隠していたわけじゃない、とはいえおおっぴらに言ったこともない。ふたりきりでいるのを見られたわけでもない。なのにどうしてそんなうわさが流れたか。人間そんなにバカじゃないということだ。
 見ればわかる。
 他人でさえ見ればわかるものを、僕の妻や彼女の夫が気付かないはずはなかった。僕の妻は娘を連れて実家に帰り、彼女の夫は怒り狂い彼女を殴りつけた。
 どちらも終わりにしましょうなどと言うまでもなく、僕たちの関係は破壊された。当然だ。でもこれで目が覚めたわけじゃない。
 最初からわかっていた。うつつを抜かしていたと思われているだろう。違う。さまよっていたのは、自分たちの家庭を、夫婦関係を、幸せだと思っていたその感覚だったのだ。
 本当は苦しんでいた。なんのための家族? なんのための夫、妻?

 家に帰ればすでに眠っている、子供の世話だけで僕の世話をしない妻、仕事が忙しく顔を合わせる時間がないからと父親になつかない娘。今度ディズニーランドに行きたいのよ。あなたは忙しいでしょうから、この子とふたりで行って来るわ。
 いつも寂しい思いをさせてすまない。聞き分けのいい妻と娘。最初はそう思っていた。だんだん自分の居場所がないことに気付かされた。でも気付かない振りをしていた。幸せな家庭を、守りたかったから。そのために自分は働いていると思いたかったから。

 DINKSだからお金だけはある、妻とはよく出かける。子供が出来たらお前は仕事をやめて家に入ればいい。そう言いながらこの3年、夫婦関係なんて両手にも満たない。毎日楽しく暮らせればいい、夫と仲良く笑っていられるなら。そう思い込もうとしていた。
 子供のいる友達は口をそろえて言った。あなたのところはいいわね、夫婦ふたりきりであちこち出かけて、仲いいし。うちなんて子供のことでいつもケンカばかり。買いたい服も買えないの。
 その裏で、悪気はなかったんだけど、子供づれだから。彼女は友達の輪に入れない。子供がいないから、つき合わせるの悪いと思って。たまに付き合えば、当然子供がいないから話に入れない。いてもいなくても同じになる。次第に疎遠になり、本当に仲のいい友達はひとりもいなくなっていた。
 子供なんて、いつできるの? どうすればできるの? 子供がいるから何も出来ないなら、子供なんて作らなければよかったじゃない。

 彼女は、僕の子供を妊娠した。

「別れる気はないの」
 彼女の夫は、彼女の妊娠を聞いて家を出た。他に女が出来たという。いや、正確にはもっとずっと前から女はいた。ただ、その女を選ぶための言い訳ができなかった。あっさり離婚届に判を押すと思われた彼女が、頑として首を振らないことに腹を立て出て行ったのだ。
「会社は辞めない。あなたとは・・・どうする?」
 そう言われて僕は口をつぐむ。
 妻とはもうやり直せない。彼女と一緒にはなれない。旦那と別れる気はないみたいだから。・・・本当はもし別れたとしても、子供をたてにとられたらどうかわからないが、彼女と一緒になる気はない。
 子はかすがいじゃない。結果だ。結果にしては重すぎる命だ。
「僕も仕事を辞める気はない」
 彼女の手をとる。愛してはいない。左手の薬指には、片時も外さなかった銀の指輪。嫉妬のかけらもない。しかし指輪の感触は現実よりも冷たい。
 導かれるまま、膨れてもいない腹をなでた。彼女は幸せそうに微笑む。生まれて初めてそれを感じたように、ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらったような無邪気さで。
 その表情に僕は、不思議な愛しさと同時に苦しさを感じる。
 ここにあるのは、僕らのひどく歪んだ関係。

(了)


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