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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色-3

 一瞬の躊躇。あたしはそれに手を伸ばした。と、
「っ…!?」
 その手を掴む奴がいた。さっきまで本のコーナーで立ち読みをしていた筈の男だった。
「やめといた方がいいよ」驚きの余り声も出ないあたしに、男は静かにそう言うと、掴んでいた手をそっと放した。
 その腕を庇うみたいにして睨むあたしに、今度は天井に設置されている防犯カメラを指差してみせる。
「今、この店、防犯週間らしくてね。監視モニターの前で見張ってる人がいるみたいだから…ほら」
そう言って今度は顎で、裏を見るように促す。
そこにはさっきまではいなかった別の従業員がいて、レジのお兄さんに何かを耳打ちしていた。
従業員はあたしが見ていることに気づくと、慌てて事務所らしき部屋へと消えていく。
どうやら男の言っていることは本当らしかった。
それを証拠にレジのお兄さんは、わざとらしいくらいにあたしと目を合わせようとしない。
「あらら…ずいぶんと下手クソな演技だこと」
馬鹿にするように男が笑った。
「何で…」
「うん?」
「何で、あたしを助けてくれたのさ」
悔しいけど、そうとしか言い様がなかった。
こいつに止められなかったら、あたしは監視されていることにも気づかず、店の外に出ていただろう。
そうなれば、学校に連絡、下手をすれば警察に補導されていたかもしれない。男は考え込むように、うーんと唸ってから、言った。
「…気紛れ、かな」
「なっ!?」
「何となく、とも言うね」「……」
開いた口が塞がらなかった。
そりゃ、あたしだって16年生きてきた娘だ。
今年のクリスマスイブには晴れて17歳になる。
 現実は、ドラマや小説みたいに甘くないということも、それなりには知っているつもりだ。
でも…だからといって、 ――気紛れ…?
――何となく…?
そんな身も蓋も、夢も色気?すらない言い方をしなくてもいいじゃないか!
そんなことを思い、一人憤慨するあたしに、男は、「気紛れついでにもう一つ。盗った商品を全部出してくれるかな?」
と言って、手に持った買い物籠を差し出してきた。


籠の中には既に、数々の雑誌…漫画雑誌や情報誌、スポーツ雑誌やギャンブル誌、果ては少女コミックまで、多種多様の雑誌が混沌無稽に収められている。
訳がわからなかった。
言っておくが、あたしだって、馬鹿ではない。前後の会話を思い起こしてみれば、この籠に盗った商品を入れろと言っていることは、普通にわかる。
あたしが言いたいのは、何故、そんなことをしなければならないのかということだ。
盗った商品を元に戻すくらいならば、あたし一人でも充分に出来る。
あたしは男の真意を計ろうと、そいつの顔を見つめた。
それこそ穴が開くほど、じーっと…。
だけど、何も見えてこない。
そこには善意も悪意も感じられない、静かな…とても静かな微笑みがあるだけだ。
結局、あたしは男の言うことに従った。
 万引き現場を目撃されたのだ。今更、どうなるものでもない。
そう開き直って、ポケットに手を突っ込んでは、次々と中の物を放り込み、最後には「もう何もない」というように、肩を竦めてみせる。
 悪怯れた態度など、おくびにも出さなかった。
男はその仕草を見て取ると、例の栄養補助食品を同じように籠に放り込み、あたしをその場に残してレジへと向かった。
(いったい、何するつもりよ?)
そんなあたしの疑問は、すぐに解消されることになる。
多分、今までのあたしたちのやり取りを見てたであろう、ぎこちない笑顔で接客をするお兄さんと、その隣で、警戒心丸出しの店長のおじさん。
そんな二人の態度など見えていないかのように、男は暢気な口調で、こう言ったのだ。
「これください。あと、肉まん二つに、ハイライト一つ」――と。



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