投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

飃(つむじ)の啼く……の最初へ 飃(つむじ)の啼く…… 589 飃(つむじ)の啼く…… 591 飃(つむじ)の啼く……の最後へ

飃の啼く…最終章(前編)-10

「あいつは大丈夫だよ。見かけによらずタフな女だ」

「そうだと、いいのですが…」

若狭はほとんど泣きそうだった。

「なんにせよ、お前が生きていてくれてよかったよ」

「ですが、青嵐軍はどうなるのです?貴方はここにいらっしゃる。真っ直ぐに敵の本陣を目指す青嵐軍の周囲を遠くから囲み、澱みがあなたたちを狙ってやってくるのに奇襲をかける…それが我々の使命だったというのに…合流地点にも届かぬ内に散り散りになってしまった…それに、飃殿とさくら殿も…」

「ああ…」

青嵐は、それ以上語らなかった。

「長居はしたくねえ、行くぞ。」

8月19日、午後2時。来たときと同じように速やかに、彼らは無人のビルを後にした。



++++++++++++++



8月19日午後6時。青嵐が若狭を拾ったビルからは入り組んだ海と、正方形の埋立地、そこを通る高架鉄道の線路をはさんで東に50キロほど隔てた瓦礫の原で、御祭の巽軍もまた、苦戦を強いられていた。雑魚の澱みならば、何匹来たって負ける気などしない御祭だったが、目の前に居る澱みの冥(むつ)は彼の予想を超えて強かった。力の劣る兵を前に出すわけには行かない。いつもへらへらという笑顔が張り付いている御祭の顔は、強敵を前にしてこわばっていた。

「だめねぇ…ぜんっぜん歯ごたえがないんだからぁ」

間の抜けたオカマ声にイラつきながらも、手も足も出ない状況なのは変わらない。目の前に立つ澱みは、不自然に艶のある黒い長髪を乱すこともなく立っている。

「あたしね、狸って好きじゃないの…美しいイメージってもんがないじゃなあい?なんか間抜けで、土臭いイメージしかないのよねえ」

一方御祭は、片足の腱が切れ、あばらも何本か折れているか、ひびが入っていた。彼の妻は彼からは見えないところで他の澱みと戦っている。彼はそのことに感謝しそうになる自分を叱咤した。まだ早い―妻に自分の死ぬところを見られる心配をするのは。

「御祭様…!」

歳若い兵士が前に出ようとする。

「手を出すな!」

御祭はその兵士を一喝した。そして、血でぬめる剣をたすきで手にくくりつけると、言った。

「ワシが死んだら、お前達は仲間をつれて逃げろよ。お前達にはかなわねえんだから」

「あらぁ、潔いのね。好きになっちゃいそ」

両手を重ねて体をくねらせる。

「でも、逃げたって無駄よ。全員逃がさないんだから」

滑稽な動作の中にも狂気が垣間見える。ふらふら、くねくねと動きながらも、その目はじっと目の前の御祭を見ていた。まるで、獲物を前にした蛇のように。

「あたしね、狸の血の味って、まだ知らないのよ。貴方のはどんな味なのかしらぁ」  

澱みは、抜き身のまま背負っていた、自分の身長ほどもある斬馬刀を片手でやすやすと振って見せた。あれに斬られたら、ひとたまりもないことは誰だってわかる。御祭は深く息を吸って、迎え撃つ構えを取った。


飃(つむじ)の啼く……の最初へ 飃(つむじ)の啼く…… 589 飃(つむじ)の啼く…… 591 飃(つむじ)の啼く……の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前