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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第26章-6

イナサが戻ってきた時に、夕雷はわざと二人を交互に―それも意味深な目で―見て、

「言っても無駄かもしんねえけど、よく寝とけ。戦まで時間がねえんだからよ」

何を話していたのだ、とイナサが聞いてくるので、大和は何かを言ってはぐらかした、どう言って話題を変えたのか覚えては居ないが、夜はあっという間に更けていった。


「へえ…」
イナサの半生は、彼女の口から語られるとものの5分で現在に追い付く。いや、5分は言いすぎかもしれない。7分はかかったかも。でも、10分はかかっていない。久しぶりの布団の寝心地を楽しみながら、大和は―かなり距離を置いて敷かれた―布団の中のイナサと話していた。イナサの言葉は淡々としていたがその内容は壮絶で、大和は圧倒された。記憶とは、最も壮絶な時ほど鮮烈に心に残っているものだ。それにしてもイナサのそれは極端で、戦っていない時の記憶は、まるで篩(ふるい)にでもかけられたみたいに抜け落ちていた。
「なんかさぁ、楽しい思い出とかってないわけ?」
いちゃもんをつけられたと感じたのか、イナサは大和に背を向けたまま顔を動かした。
「思い出が、どんな役に立つ?」
その言い種に今度は大和がやり返す。
「だってよ、楽しい思い出の一つでも無きゃ、戦いに張り合いってもんが出ないじゃんか」
「お前は居合いで試合う度に理由をつけないと勝てぬのか?」
それとこれとは話が別だろ、と言う大和に、イナサは余裕の笑いで返した。
「だってよ、楽しかった頃の世界を取り戻すために、戦ってんじゃないのかよ」
イナサは冷笑して、再び頭を枕に預けた。
「戦いにそんな生温い理由など居るか。澱みは害を為す。我々狗族は、人間の世界に害を為す異形の者を滅ぼすが使命…それで理由に足る」
「…そんなの…」
大和が言った。

「何にも…無いじゃねえか。例え勝っても…生き残っても…」
イナサの答えは無かった。
「何にも、ねえよ」

そして二人はお互い、相手が既に眠りに落ちたことにして、自分はずっと目を開けたまま夜を明かした。



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ジャケットをクローゼットの奥に仕舞い、長袖が半袖になって久しい今日この頃、今は半袖を捲って即席のノースリーブを作っている。肌に張り付く髪は尻尾みたいに一本で結わえてある。最後にここまで髪を伸ばしたのはいつのことだっけ…?結局、髪を伸ばしても女の子らしさがアップする…とかは無かったけど。
「ほら、走って走って!」

分厚い雲の向こうにある太陽を召喚しようとでもしているみたいに、蝉の声は今日も騒がしい。私は久しぶりに飃の村にいる。今は村の内外から集まった子供たちと野球の最中だ。去年のクリスマスに送ったプラスチックのバットと軟球は、大事に使われたと見えて新品のよう。私はピッチャー兼監督兼コーチとして、蝉に負けないように声を張り上げている。
「あっ!飛ぶのは反則だってば!」
烏天狗の男の子が必死に走るあまり背中の羽まで動かして、1メートルほど飛び上がってしまう。歓声がダイヤモンドを彩り、きゃっきゃっと笑い転げる子供たちの顔は日に焼けて眩しい。

この光景を見て、誰が思うだろう。誰に想像出来るだろう?



―状況は、限りなく絶望的だと。


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