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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第26章-4

「明日は…武蔵の国の方々から沢山の妖怪が村に来る…それに、青嵐や、長たちもな。遠路を来てもらって悪いが…お前の相手をする暇は無いのだ…だから、今夜は帰らないか」
ますます珍しい。こんなに控えめな彼女は初めて見た。
「帰るってどこに?皆避難してる真っ最中で、家族はもう田舎についてる。帰る気なんかねえよ。おれは手伝おうと思ってきたんだぞ。こんな時だからこそ、さ」
イナサはしばし考え込み、チラリと大和を見た。

「持ってきたのか、その刀」
「あぁ…」

バイクのサイドバッグに突っ込んでここまで来たのは些か不敬だったかも知れない。しかし、大和には、何となくこの刀が、一緒に連れて行けと自分に命じたような気がしたような気がしたのだ。イナサは幽かにうなずき、表情を変えずに言った。



「ついて来い」

イナサの後をついてゆくと、5分もしないうちに獣道に入った。
「明日の…」
「明日は、起きたら私の家に居ろ。余計なことはせず、静かに家でじっとしているんだ」

大和は意図的に返事を返さなかった。そんなこと出来ると思うか?

村に近づき、森が深くなるほどに、大和はそこに息づく何かの存在を感じた。闇に目を凝らせば、此方を見返す目がありそうだ。何気無い風のそよぎ、木々のざわめきにも意味があるように思えてならなかった。それは歓迎か…はたまた拒絶か。見えない何かは多くを語らず、再び夜の静寂に溶け込んでいった。

「まじかよ…」
そんなわけだから、不意をついたように現れた村の姿は、大和を驚愕させた。その村は、腕(かいな)に抱かれたように、山々の頂きにぐるりと囲まれた広い盆地にあった。小川が流れ、豊かな森が村を取り囲んでいる。
「イナサ様!」
中年のオヤジが、妙な服を着てイナサを出迎えた。始めに彼女とあった時の状況が違っていたら…そして彼らの事情を知らなかったら、ここは映画のセットか何かだと思った事だろう。
「この者は…」
口のまわりにもっさりと髭を生やした男は、まさに筋骨隆々と言った感じだった。
「私の知り合いだ。人間だが心配は無用。今夜は私の家に泊める」
男の立派な体躯と比べれば、イナサなど縄文杉の前の柳に等しいのに、彼女は堂々と進み続け、男は一礼をして風のように消えた。
「偉いんだな、イナサは」

しかし、返ってきたイナサの声はひどく他人行儀で高圧的だった。
「私は、飃の留守にこの村を預かっているだけだ。偉くなどない」
イナサは、腰をくすぐる青草をかき分けて進んだ。風のように動く事ができるのに大和と二人で歩いているのは、彼女なりの思いやりなのだろう。
それ以上踏み込めなくなって、大和はふうん、と何気無い言葉で会話を締めくくった。

茅葺き屋根も、本物の囲炉裏も、大和にとっては初めて目にするものだった。驚嘆の声は尽きず、死ぬほど腹が減っていることに気づいたのは、戸を開けた訪問者が手にしていた魚を目にしたときだった。
「よ〜ぉ、入るぜ、イナサ」
勿論、最初は訪問者の異形に目を奪われた。何しろ、彼の膝までの大きさの鼬が、言葉を話し、大きな革の入れ物に入った何かを背負い、こう言ったのだから。
「おっ、何だ何だァ?人間たぁ珍しいじゃねえか」
「奇妙な縁でな」
慣れた口調だ。どうやら、この村では鼬が口をきくのが普通らしい。口をきく鼬より人間のほうが珍しいらしいのだ。鼬は大和を、大和は鼬を興味津々で見つめた。


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