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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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Stormcloud-25

「急げ!あいつ、人間のいるほうに向かってる!」

「くそっ!」

彼の胸はざわついた。不吉な予感がする。澱みが追っ手をまくために、わざと人間の居るほうへ向かったならばいい。まだ良い。討伐隊が、常人の目には見えない獲物を追いかける姿を見せないようにしているのを知った上で、姿をくらますための足掻きをしているのだとすれば。でも、僕にはそうは思えなかった。今追っている澱みには、そんな策を弄することが出来るほどの知能があるようには見えない。もっと、根本的な欲求に基づく…
風炎の鼻が人間の体臭を捉える。
「男だ、アルコールの臭いが濃い…酔っているな。」

「取り逃がしたくない。構わず追え!」
澱みを取り逃がすくらいなら一般人をほんの少し驚かせるほうを選んだ飃が、指示を出した。



彼の目は澱みを追っていた。最悪の可能性が、滓(おり)のように思考の底辺にあった。澱みの行き着く先が間違いなく人間の元だとわかったとき、その滓がはっきりと浮かんだ。

「なっ…!?」

狼狽して、思わず声を上げる。
状況が見えない地上の部隊の中で風炎だけがその変化を嗅ぎ付けた。
「体臭が変わった…これは…恐怖して、いる…?」
「澱みが見えて…?」
茜が言い終える前に、恐怖に上ずった男の悲鳴が聞こえた。間違いなくその場にいた全員に。
「よ、澱みが…人間に食らい付いてる!」
カジマヤが言ったのと同時に、路地の突き当たりにたどり着いた。
暗闇に慣れた目にも暗い、湿って苔の生えた地面の上に、全身の筋肉を弛緩させた男の身体。そして、覆い被さる二体の澱みの背中。認識すると同時に、飃が雨垂を深々とその背中に突き立てた。暗闇の中に溶けた僅(わず)かな光を集めて、その刀身は眩いほど輝いている。澱みはごぼこぼと液体を吹き出して、その飛沫から順に塵になっていった。
「大丈夫ですかっ!?」
駆け寄るさくらが膝をついて、男の手を握る。
「つ、飃!この人…」
泥に汚れた男の顔は恐怖にひきつったまま動かない。まるで生気の感じられない表情は、石膏で作った像のように青白かった。
そして脚が。うっすらと輪郭を残して消えていた。そのまま腰、腹、遂には全身が消えてしまう結末は誰にも予想できる。
だがやがて、澱みの最後の塵が消えると、男はたった今潜っていた水から脱け出したかの様に大きく息を吸った。途端に消えかかっていた男の肉体はすっ、と実体を取り戻した。溺れかけた人間がするように、ぜえぜえと音を立ててあえぎ、血色は徐々に戻っていった。急な呼吸の再開にむせる男の顔は、瞬く間に赤らんでいったのに、身体だけはまだ氷水に使っているかのようにぶるぶると震えていた。
上から降りた僕とカジマヤも、後ろのほうからそれを見ていた。言葉を失っていたのは全員同じだったが、困惑する面々の中で神立と風炎だけが、今見たものが意味することを知っていた。

「一体なにが…?」
混乱の余り言葉も出ない男を人通りの多い通りまで連れていった。風炎の現身(うつしみ)で警官を作って、あまり飲みすぎないようにとお灸まですえた。遠ざかる黄色の車体をぼんやりと見つめる、誰の心にも言い知れぬ恐怖が頭をもたげていた。「あれ」は何だったのか…。霊感の備わる者になら、澱みが人間の魂を抜いたのだと理解できただろう。だが、澱みがそんなことをした例を知るものは居ない。すくなくとも、二人を除いては。
「魂を抜かれたんだ。」
風炎が言う。
「でも、澱みが吸うのは生気でしょ?魂まで取るなんてあり得な…」
さくらの言葉が最後まで紡がれる前に、彼女は理解した。


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