The kiss and the light-3
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まだ5月だと言うのに、厳しい陽射しが刺さるように降り注いでいた。
何ヵ月かぶりに回した車のエアコンからは微かにかび臭いにおいがして、4分前までは冷えていた炭酸は温い砂糖水になった。サングラス越しに見る世界は光と闇を明確に隔てた。色も、温度もそこにはない。
ラジオがニュースを伝えている。アメリカの高校で銃を乱射した少年の事を。3才の子供を餓死させた母親の事を。遺産相続の争いで叔父を刺し殺した男の事を。
ニュースは更に続く。イラクの自爆テロで2人が死亡、怪我人は多数。汚職が問い沙汰された政治家が首吊り自殺。飼い猫に何億もの遺産を残して死んだ老女。
男は答えた。
―そして、彼は一人、去っていった。
ラジオから、行方不明となった大勢の人々の行方が、いまだ明らかになっていないことが伝えられた。
誰一人として、足跡すら明らかにならないと。
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化学薬品の匂いがそこいら中に染み込んでいる。壁紙や床材のほとんどは張り替えられていて、事件のあった当時とは部屋の感じがだいぶ違う。あんな悲惨な事件があった部屋をまた貸すというのは、事件の関係者…いや、被害者の縁者と言った方がしっくりくる。とにかく、俺からしてみれば酷く味気ないというか、素っ気無いように感じる。多分、俺はまだ、そういうむき出しの合理主義に対して肩をすくめてやり過ごすことが出来るほど冷たい男でもないんだろう。
「花の一つも供えないなんてな。」
床においたカバンの中から顔を出した黒猫が、音を立てずに床に降り立って身震いした。
「随分と日本的な事をおっしゃいますね、旦那」
少し高い、ゴロゴロとした音で黒猫が言った。俺のことは飆(ワール)と呼べばいいと何度言っても、やつは必ず“旦那”と呼ぶ。とは言え、この猫のこういう時代錯誤なところが気に入ってもいた。
「お前のほうが日本的だよ。死んだ飼い主の怨恨にあてられて妖怪に変化するなんざ、昔話そのものだ」
「…そういう昔話を知っているところが、日本人らしいってんですよ」
そう。こういうなんでもない会話は気がまぎれるからいい。飼い主が殺された部屋に来たからといって辛気臭く思いつめずに、何気ない会話を持ちかけてくるこの気楽な猫は、何かにつけて思いつめがちな俺の性格をうまくコントロールしてくれる。何も知らない小さな猫が、殺された女の恨みを背負い、復讐の女神さながら返り血の中から誕生した。だが、当のめぐりがその事をどう感じているかについては聞いたことが無い。聞く必要もないように感じたから。
「周りにいるのがABCも読めないような狗族ばかりなんだ…郷に入りてはなんとやらというやつだな」
言いながら、ざっと見て回った。家具も、洋服も残されてはいない。髪の毛一本すら残っているようには見えなかった。家具があったころの部屋の様子を知っているだけに、余計に閑散とした雰囲気が漂っている。部屋に物を思う力があったのなら、“奪われた”と感じるのだろうか。それとも、“元に戻った”と?