投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

多分、救いのない話。の最初へ 多分、救いのない話。 42 多分、救いのない話。 44 多分、救いのない話。の最後へ

多分、救いのない話。-6--5

水瀬は神栖家から離れ、繁華街を歩き回っていた。慈愛を捜すというよりは、歩き回って混乱した思考をまとめたかった。
 何故慈愛は、今このタイミングでいなくなったのか。何かキッカケがあった筈なのだ。水瀬が最後に会ったのは昨日の放課後、廊下ですれ違った。その時はいつもと変わらなかった。ならば今日、何かがあった。……何があった?
 急に、胸が震えた。
 特に何かが思い当たったわけではなく、単にケータイのバイブレーションが震えただけだった。取り出し確認すると、相手は葉月先生。彼もまた、連絡を受けて探し回っている。
「もしもし?」
『もしもし。水瀬先生の方は』
「すみません、まだ何も。葉月先生は今何処にいますか?」
 訊くとお互い近くにいることが分かった。電話では繁華街の喧騒で細かい話が聞こえないため、一度待ち合わせることにする。
「神栖の家はどうでしたか?」
 自動販売機で買ったお茶にロクに口もつけないまま、開口一番に訊いてきた。汗がにじむ額と早口な口調から、随分と焦っているのがわかる。
「特に何も。ただ、家出じゃないかとは思います」
 急ぐのと焦るのは、似ているが違う。だから敢えてゆっくりと、クローゼットに大きなカバン等がなかったことを説明した。
 イライラが伝わってくるが、同時にこちらの意図も察してくれたようで、無理矢理だが声のトーンは抑えてくれた。葉月先生は、経験こそ浅いが決して鈍くはない。
「そっちは」
「クラスメイト全員に話を聞きましたが、誰も知らないと」
「遊んでる可能性は?」
「クラスにはいません。神栖は帰宅部ですから、仲の良い先輩後輩もいないようなんです」
「……そう。本当に、いなくなったんだ」
 手詰まり感に、二人に沈黙が降りる。沈黙は悪い想像力ばかりを刺激する。
「なんで家出したのかなぁ」
 ポツリと、半ば独り言で言った言葉に、
「家が嫌になったんでしょう」
 ……吐き捨てるように、憎悪を漏らす葉月先生の眼は、水瀬の見たことのない部分だった。
「だとしても、キッカケがあったのだと思います。簡単に出来るなら、もっと昔にしていた」
「…………」
「……先生?」
「…………。あ、はい」
「…………」
 何だろう。様子がおかしい。単に、自分の生徒がいなくなっただけではない、態度の不審。


(――駆け落ちだったりして)


「葉月先生」
 彼女の言葉が、水瀬の心に僅かな、しかし決定的な不審を生む。
「神栖さんに、何か言いましたか?」
「――……!」
 声には出ない。だけど充分過ぎる程に、葉月先生は狼狽する。
「呼び出していませんか? 今日の放課後」
 そうだ。何故思い出さなかった。
「……ええ、話を聞きました」
「何を言ったんですか」
 水瀬の言葉は、問いではなく、最早非難に変わっていた。
 どれだけ微妙なバランスで、どれだけ悲惨な理由で彼女達は母娘になったのか、知っている水瀬は彼女を、慈愛を責められない。
 知らないからと言って、あの母娘には、簡単に立ち入ってはならないのに。


多分、救いのない話。の最初へ 多分、救いのない話。 42 多分、救いのない話。 44 多分、救いのない話。の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前