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Memory
【純愛 恋愛小説】

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Memory-7

『楓の様態はどうなんですか??』
部屋に向かう途中、俺は尋ねる。
『さぁ…。私達使用人はそこまで詳しく』
『今年の冬が山場よ。』
身なりの良い婦人が俺達の会話をはばかる。
『奥様…。』
使用人の女性は丁寧にお辞儀をする。俺もつられて頭を下げた。
『相川涼介君…だったわよね。』
楓の母が微笑む。目の当たりが楓とよく似ている。
『楓から話はよく聞いているわ。』
話?楓は自分の母親にどんな風に俺の事を話しているのだろう。何だか凄く気になった。
『涼介君。ご存知でしょうけど"PT"という病気は不治の病なの。』
俺はうなずく。
『私は症状の中で一番怖いのは、記憶を失っていく事だと思っているの。今楓の中では少しずつ、少しずつ記憶が曖昧になっていっているの。もちろん…あなたの事も私の事も…。』
俺は心が痛んだ。けれど、これからもっと色々な事を乗り越えていかなければならないんだ…と思い、グッと拳を握ってこらえる。
『秋には、記憶だけじゃなく言葉も忘れているわ。冬には体も動けなくなって、物も一人じゃ食べれなくなって…それから…』
楓の母はうつむいた。彼女の気持ちが痛い程伝わってくる。
『分かってます。』
俺は言った。最後まで言われなくても予想はつく。
『そう…。』
楓の母は苦しそうに頷いた。
『………涼介君。今一緒にいるのは、あなたのためにはならないかもしれないわ…でも、そばに、楓のそばにいてやって欲しいの。』
『はい…』
俺は深くうなずいた。しばらく沈黙が俺達の間に流れる。
『あら嫌だ。ワガママをいってしまったみたい。』
沈黙を破ったのは楓の母だった。顔をあげた彼女は無理に笑ってみせる。
『では私はこれで失礼するわ。』
楓の母はそう言って、俺達の前を通り過ぎていった。
『行きましょうか。』
使用人の女性のその言葉で、俺は歩き出す。ふと横目で楓の母の後ろ姿をみた。
去る間際に『楓を…よろしくお願いします』と消え入りそうな声で囁いた、彼女の声がまだ耳に残っていた。

『では、ごゆっくり。』
使用人の女性が扉をゆっくりと閉める。初めて入る楓の部屋は、ふんわりとした花の匂いがした。…いた。部屋の隅っこに楓がいる。久しぶりに会えた喜びと、どう接すればいいのかという疑問が、混ざりあい、俺はしばらく扉の前でつったってしまった。
『久しぶり。』
楓が口を開く。その明るい口調に、何だか"病気"だという事を忘れそうになる。
『ぉお。久しぶり。』
楓の側に寄る。
『"絵"は今も描いてるのか?』
なるべく病気の事は避けて会話しようーと思った。
『うん。コレ見て。』
一冊の本を俺に差し出す。めくると、楓の母や、古ぼけたくまのぬいぐるみ…そして"俺"が何ページにも渡って描いあった。
『コレは??』
古ぼけたぬいぐるみの絵を指さして、俺は尋ねる。
『小さい頃、お母さんが私に縫ってくれたものなの。大切なあたしの宝物。』
楓は柔らかいまなざしを"ぬいぐるみ"の絵に向けた。
『こうやって何枚も何枚も大切な物を描いていこうと思ってるの。脳がいつか忘れても、形だけは残しておきたいの。』
思い出を"形"にする。楓はそう言っている。"思い出の品"ではなく、"思い出"を形にするのだと。
『本物のくまのぬいぐるみはどこにあるんだ?』
俺は尋ねる。楓はどこか遠くを優しいまなざしでみる。その目は"憂い"にも見えた。
『本物は何年も前になくしちゃった。だから、もうあのぬいぐるみは私の記憶の中だけにしかないの。だからあたしが記憶をなくしちゃったら、くまさんはもうどこにも…』
俺は無意識に楓を抱きしめていた。…いつも俺の肩に回ってくる彼女の手は、今日は下に落ちたままだ。静寂が俺達を包む。


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