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Memory
【純愛 恋愛小説】

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Memory-5

『チリンチリン。』
風鈴が涼しげに鳴る。洋風作りのこの家で鳴り響く風鈴の音は、どことなくよそよそしい感じがした。
『…まだ描いてるの??』
俺はふぁっとあくびをする。いつの間にかテーブルに突っ伏して寝てしまったようだ。
『今日は一緒にプール行く為にここに来たはずなんだけど??』
『ごめん。もうちょっとだから。』
彼女の視線は一度も俺に向けらることなく、画用紙に落ちたままだ。
…何だか最近楓の様子がおかしい。どことなく焦っている感じがする。
『おっ。』
俺はバルコニーの木製のフェンスに"セミの抜け殻"を見つけ、剥ぎ取った。
『セミって7年も土の中にいるくせに、脱皮してからは一週間しか生きられないんだって。』
抜け殻をテーブルの上に乗せる。楓は黙々と筆を滑らせ、黙ったままだ。
『そんなに短かかったら地上での思い出もヘッタクレもないよな。』
俺はハッと笑う。
『短かくても、思い出がないよりはいいじゃない。だって…』
楓は言ってからハッと何かに気づき、『何でもないの』とかぶりをふった。そしてまた、絵を黙々と描き始める。―やっぱりどこかおかしい。
『なぁ』
『何?』
俺が話しかけても、楓はせわしなく手を動かすのを止めない。
『最近のお前何か変だぜ。何かあったのか?』
『……。』
楓は口をつぐんだままだ。
『話したくなかったら別にいいけど。』張りつめた楓の顔を見るに耐えかねた俺は言った。
『人生なんて…わかんないものよ?』
パレットに筆を置き、楓が静かに口を開く。
『馬鹿にしてたはずの物達に、今嫉妬している自分がいる。』
楓は一呼吸置く。
『あのね…私…』
楓の声が震えている。俺は彼女の手を握った。ただ事じゃない。それは直感でわかった。
『私…きっと先は長くないわ。』
震える声で彼女は言い切った。
…え?どういう事だ?何がなんだかわからない。
『どういう意味だ?』
彼女はまっすぐ俺の目をみた。
『…きっともうすぐ私は死ぬの。』
え?ますます分からない。だって楓は今も元気じゃないか。絶対に死ぬはずなんてないに決まってる。
『悪い冗談はやめろよ。』
ハッと笑った俺を、彼女の瞳が貫く。その瞳は"冗談"を言うような目ではなかった。
『本当よ。"PT"という病気なの…涼介も知ってるでしょう?』
楓は目を伏せる。
胃袋の底をを鉛が貫いた気がした。もしくは心臓に矢が貫通した感じだ。あまりの事態に言葉が出ない。ただその事実を必死で拒んでいる自分がいた。―『PT』こないだテレビで特集をやっていた。エイズに続いて新たに地上に姿を表した不治の病。助かる確率は1%に満たないらしい。
『本当に本当なのか?』
そう尋ねた俺の声は震えていた。
楓は首を縦にふる。目の前が真っ白になった。
『嘘だろ…。』
楓は視線を落とす。画用紙の絵の具が涙で滲んでいた。
『なぁ…嘘だろ…』
俺は顔を手の平で覆った。
…そんな俺の隣で、楓は目の縁にいっぱい涙を貯め、小刻みに首を横に振り続けていた。

彼女がかかった病名は『PT』人の脳に巣くった寄生虫(パラサイト)によるものだった。米粒程の小さな寄生虫が、人の脳に巣くい、浸食していく。これにより人は、まず『記憶』を無くし、やがて感覚神経や運動神経が麻痺して、身体付随になる。そして最終的には呼吸困難に陥り、死に至るというものだ。世界中でも発症例は少なく、治療法もまだ見つかっていない。

―何で楓なんだろう?
凶悪な殺人犯だとか、世の中にそれだけの仕打ちを受ける必要のある人は、他に沢山いるじゃないか。何で楓なんだ?…もしも神がこの世にいるならお願いだ…楓が助かるなら何だってするから…だから…どうか楓を…。夢とも現実とも分からない意識の中で俺は思った。


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