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タバコは二十歳になってから
【家族 その他小説】

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タバコは二十歳になってから-1

気まぐれに、いつもとは違うタバコを買ってみた。
 普段はマイルドセブン、今日はセブンスター。軽いタバコに慣れた舌には少し辛くて、煙の匂いを懐かしく感じた。
 歩きタバコに五月蝿い街に遠慮して、公園のベンチに腰掛けた。夜の9時に子供はいないし、携帯灰皿も持っている。これくらいは大目に見てほしい。
 セッタは親父のタバコだった。
 子供の頃から、親父の服からはタバコの匂いしかしなかった。幼い頃に抱き寄せられたときにも、いつの間にか「親父」なんて恰好つけて呼ぶようになった頃にも、同じ匂いがしていた。
 享年69歳。このタバコは、半世紀も親父と生きてきたのだ。
 息子の俺よりも長い時間を。
 煙を肺にたっぷりといれて、ゆっくりと吐き出す。体内にニコチンが回って、妙な浮遊感を感じる。初めてタバコを吸った学生時代の時のように、しっかりと紫煙を味わう。
 セッタはマイセンよりも辛かった。
 親父が肺癌で倒れたと聞いた時、ああやっぱりな、と思ったのは、多分お袋や兄貴も同じだったと思う。全く親父のヘビィスモーカー振りといったら、灰皿がいくつあっても足りないほどで、いつもお袋に叱られていたものだ。
 病院のベッドでも、いつもせわしなく指を動かしていた。お袋も兄貴もわからないジェスチャ。同じタバコ飲みだけがわかる、ニコチンを欲しがる仕種だ。
 棺桶のなかにいれてやったのは、わざわざ通夜の夜にコンビニに走って買った、セッタのカートンだった。
 半世紀、か。
 ちりちりと灰になっていく紙巻を灰皿に落として、俺はさらに煙を吸った。
 半世紀、50年だ。もうすぐ47になる俺も、親父のタバコ歴にすら満たない。俺のタバコ歴なんて、まだ30年とちょっと。あの親父のこと、タバコはハタチから、なんて真面目なことをしているワケがない。


 セッタを見るたびに、思い出すことが一つあった。
 まだ高校生、17の未成年だった頃だ。
 その頃の俺は、ほとんど家に帰ることもなく、両親の顔を見ることもあまりなかった。別に不良というワケでもないのだが、思春期の男子なんてだいたいそんなものだろうと勝手に思っている。
 しかしひょんなことから、たまたま俺が家にいたときに、親父もふらりと帰ってきたことがあった。
 公務員だった親父が残業することは滅多になかったが、それでも主に俺のせいで、親父と俺が顔を合わせるのは、随分と久しぶりなことだったように思う。おまけにその日兄貴は飲み会とかで、お袋も用事で出掛けていた。要するに、高校生の俺は、親父と二人きりになってしまったのだ。
 「おう、いたのか」
 「いたけど」
 素っ気ない問いに、素っ気ない返事。俺は親父と話をするのが苦手だった。
 「飯は」
 「ああ、連れと食った。親父は?」
 「まだだ。なんかあるか」
 「カップ麺とかならあるんじゃない」
 俺の返事を無視して、親父はこたつに脚をいれた。こたつがあったということは、確か季節は冬だ。
 「母さんは、あれか。知り合いの」
 「そう、結婚式。親父はいかなくってよかったの?」
 「母さんの昔の職場の人だ。俺は知らん人だからな」
 言いながら灰皿を手元に引き寄せて、胸ポケットからタバコを取り出して銜える。親父の一連の動作は染みついていて、滑らかだった。
 部屋の中に満ち始めた煙の匂いを感じつつ、俺は自分の部屋に行くタイミングを計っていた。
 「なあ」
 と、親父が不意に言った。
 「あ?」
 俺はさも不機嫌そうに答える。本当は突然声をかけられてびっくりしただけなのだが。


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