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笑顔の理由
【純愛 恋愛小説】

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笑顔の理由-1

「あれ、髪切ったんだ」
言われるんじゃないかと予想はしていたけれど、言われるとやっぱりドキッとする。
「う、うん――」
髪型が変わったことに気づく程度にはあたしの存在を知っててくれてるんだと思うと、正直嬉しい。
どうかな。似合うかな。そんな言葉が、なぜかためらわれた。
数秒の間に言葉にならない思考が頭の中を飛び回る。これが混乱状態っていうやつか。
「へぇ〜、けっこう短くなったな」
意外にも、混乱の間に終わると思われた会話は続行可能らしい。
「え、と。変…?」
しげしげと見つめてくるせいで不安がつのる。つのった不安に負けて、私はやっと二の句を継いだ。
「いや、いいと思う」
あっさりストレート。思わず、今度はあたしがしげしげと見つめてしまったその顔。
不覚にも自分の気持ちを再確認するはめになるとは。
つくづく、あたしはあの笑顔が好きなんだ。

 笑顔で「いいと思う」なんて言われてしまったら、否が応でも膨らむ気持ち。膨らむだけ膨らんで、弾けなきゃいいんだけど。
不確かな片思い。それはそれで不安も大きい。ため息が出るのは止められない。
「幸せが逃げるぞ」
「逃げたかもねぇ」
横からの声に即答。あたしの顔は黒板に向けられたままだ。
いつもは前のほうの席に座るくせに、どうして今日に限って横?
この授業で話しかけてくることは今までなかったから、どうしても戸惑いが隠しきれていないようで恥ずかしい。
「なんだよ、そのテンションの低さは」
テンションが低い訳を教えたら、どんな反応をするんだろう。
そうは思っても、伝える勇気は今のところ持ち合わせていない。
「ちょっとさ、外に行こうよ」
やっとあたしは横を向く。
「なんで?」
「いい天気だから」
横を向いていたあたしの顔はけっこうな勢いで前を向く。
あの笑顔の前で、今あたしはどんな顔をしてたんだろう。

「少しはテンション上がったか?」
教室でのささやき声とは打って変って、よく透る声だ。
風は冷たい。けれど陽射しは暖かくて気持ちいい。
たしかに、すこし気が晴れてきた。
「おかげさまで」
風に吹かれて顔にかかった髪を押さえながら、やっと陽射しの下の笑顔に向き合えた。
「お前さ、やっぱ笑ってるほうがいいぞ」
「え?」
今、あたし笑ってた?
「今日のテンションの低さは髪切ったからか?」
「あ、それは全然関係ないよ」
「だよなぁ。いいもん、それ」
なんでこんなにストレートに物が言えるんだろう。どういう顔をすればいいか分からないあたしの気持ちも考えずに。
「うん。実はけっこう気に入ってる。この髪」
やっぱりどういう顔をすればいいか分からなくて、うつむきがちに、それでも出てきた言葉は私の精一杯の素直だった。
「やっぱり、幸せ逃げてなかったかも。ありがとね」
続いて出る素直な気持ちを不思議とも思わなければ、いつの間にか触れている肩と肩とを疑問にも思わなかった。
「出たため息、もう一回吸い込んだんだろ」
「そうかもね」
肩を寄せて笑い合うと、体のどこかに灯った何かがあった。
授業ではいつも、背中を見てるだけだった。友達グループで遊んだことはあっても、二人きりになったことはない。
いつも眺めていた背中は、あたしの視界に映っていたものよりもずっと大きくて、思っていたよりもずっとぬくもりがあった。
「とにかくまぁ、元気出たみたいでよかったよ」
声と一緒に、触れた肩から振動が伝わる。
「テンション低かったのはね、膨らんで弾けるのが怖かったからだと思う」
「弾ける?」
「うん、風船みたいに」
「ああ、分かる気がする」
ほんとに今の説明で理解できたのかは分からなかった。
今はもう風船みたいな心じゃない。どんなに膨らんでも弾けないような気がした。
けれどそれは、今は伝えなくてもいいと思う。
「そろそろ戻ろう。あたし元気出たし」
立ち上がったあたしを見上げてくるのは、やっぱり笑顔。陽射しのせいで眩しげに片目をつぶって笑っている。
今はもう、その笑顔を見ても焦ることはないし、不安もない。
受け止める笑顔を、あたしも持ってるってことに気づいたから。

教室への道すがら、もうひとつくらい素直になってみようと思った。
「ほんとにいっつも笑顔だよね。それがいいんだけど」
「そうか?まぁ、お前と会ってるとそうなるよな」
やっぱりこういうストレートな言葉にはどうすればいいのか分からない。


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