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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み5 〜MEMORIAL BIRTHDAY〜-20

 すぅ、すぅ……

 程なくして、美弥が寝息を立て始める。
「……おやすみ」
 龍之介は柔らかい頬にキスを落とすと、美弥を抱いて目を閉じた。
 ――付き合い始めて一年経っても、愛しい想いに変化はない。
 最初の恋で超弩級の貧乏クジを引いた分、二度目でそれを補って余りある大当りを引いた気分である。
 口約束とはいえプロポーズもし、美弥もそれを承諾し、このままなら人生のパートナーも得られる。
 龍之介は目を開き、眠る少女を抱き締めた。
 夏休みの同棲期間中に尋ねられた『……幸せ?』が、脳裏をよぎる。
「幸せ過ぎる。幸せで幸せで……恐いよ」
 変な不安はあの時捨てたはずなのに、やはり不安が湧き出てきた。
「だから、美弥……お願い。一生、傍にいて」


「あー、忘れとったぁ!」
 バイトの帰り際、不意に紘平が叫んだ。
 場所は帰り仕度の最中のロッカールームだからいいようなものの、フロアで叫んでいたら奇異の目で見られる所である。

 紘平は引き気味の龍之介に向かって、ばしっ!と両手を合わせた。
「頼む、龍やん!美弥の事、貸したって!」
「はぁ!?」
 あまりな申し入れに目を剥く龍之介へ、紘平はすがりつく。
「美弥の誕生日、忘れとってん!頼むからお祝い、させてぇや!」
「いやあの」
 あぅあぅと声にならない声を出す龍之介に、紘平はすがった。
「誕生日プレゼント、家に忘れてきとるんや〜!な、な!俺と龍やんの仲やろ〜!?」
「いやだって」
 いったいどんな仲だとツッこみたいのを堪え、紘平に負けないように龍之介は口を開く。
 ――すったもんだの言い争いをした揚句、龍之介は紘平に言いくるめられてしまった。
「龍之介」
 今日も外で龍之介を待っていた美弥は、出入口から出てきた龍之介の顔を見て驚き、眉を寄せる。
 仏頂面の龍之介とは対照的ににっこにこ顔をした紘平が、美弥に近付いてきた。
「紘ちゃん?」
 美弥は、二人を交互に見比べる。
「美弥。今日は俺に付き合ってな」
 紘平は、とびっきりの笑顔で告げた。
「はいっ?」
 思わず美弥は、何歩か後ずさる。
「誕生日プレゼント。こないだ、渡せなかったやろ?だから今日、渡しときたいんや」
「え……」
 美弥は龍之介の方を向いた。
「大丈夫。責任持って、俺が家まで送ったる」
「でも……」
「僕は大丈夫。美弥だって、紘平と話したい事があるだろ?」
 美弥は思わず龍之介を見る。
 確かに、話したい事はあった。
 昔の恋人としてではなく、幼馴染みとして。
「うん……………………じゃあ、少しだけなら」
 渋々と納得した美弥は龍之介の方を振り返りつつ、紘平と連れ立って歩き始める。
 やがて人込みの中に、二人の姿は消えていった。
 手を振って、龍之介はそれを見送る。
 そして、自宅へ向かって歩き始めた。
「……あ。」
 歩き出してから、龍之介は声を出す。
 別に美弥と別れずとも、たとえお邪魔虫になったとしても、二人についていけばいいと気付いたのは間抜けにもこの時だった。


 龍之介の姿が見えなくなってから、美弥はようやく紘平を見た。
「紘ちゃん……移ったね」
 その言葉に紘平は、にぱっと笑う。
「大阪弁やろ?俺、昔っから適応力はあるさかいにな〜」
 言ってから紘平は、少し寂しそうな顔をした。
「でも五年かけて慣れただけやし、そのうち抜けてくんやろなぁ」
「あぁ、そうかぁ」
 無防備に笑う美弥を見て、紘平は妙な顔になる。
「美弥。お前……」
「ん?」
「……変わったな」
「そう?」
 美弥は小首をかしげた。
「うん、変わった。龍やんの影響なんかな」
 紘平の言葉に、美弥はずっこける。
「何よその龍やんって」
「龍之介やから龍やん。長いし呼びづらいやろ?」
「まぁ、ね……」
 美弥はあっさり納得した。
 肌を合わせている最中など呼吸するのもままならないのに、いちいち『龍之介』とは呼んでいられない。
 それで体のコミュニケーションをする時だけは『りゅう』と呼び始めたのだが、理由は紘平も似たようなものな訳である。
「昔のお前は、ちぃと冷たいとこ……ちゅうか、もうちっと周囲にカベ作っとったからなぁ。今は無防備過ぎてちと恐いくらいやで」
「そうかなぁ」
 などと話しているうち、二人は紘平の住まいまでたどり着いた。
 駅の近くによくある、ワンルームタイプのマンションである。
「ここの五階や。両隣に人入っとらんし、笑いころげたって文句は出ぇへんで」
 美弥を先導し、紘平は部屋まで来た。
「とりあえず、茶の一杯もご馳走せんとな。俺とジブンの仲やし、遠慮なんてせぇへんで上がってや」
「……ん」
 美弥は頷き、紘平の部屋へ足を踏み入れる。
 美弥が靴を脱いだ瞬間、ほえほえっとした紘平の表情が一変した。
「わー。広いねぇ」
 無邪気な声を上げている美弥に気付かれないよう注意を払いながら、紘平はドアの鍵とチェーンをしっかり掛ける。
 そして、背後からゆっくりと近付いていった……。


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