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逆さ海岸
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逆さ海岸-1

 乾いた海辺。砂塵がピアニカに髣髴たる風の音を篭らせる。奏でる、奏でる、死んで行く。海は今日もさよなら色。少年は、スケッチブックに描いた誰かの後ろ姿を粉々に刻んで風に乗せる。潮風を渡り、汐に乗り、今日も少年の夢の世界が、どこかの港へ届くのか。知る由は無い。
 夢の世界だ。少年もこれが夢の世界であることを判っている。あと、彼は何日生きられるのだろう。白い衣服に身を纏い、現実のような夢が、彼の本当の部分を生かしている。
 腕の切り傷、胸元の、手術の痕。紅蓮の星。全ては美しくて、森羅万象は全ての言葉に当てはまらないこともない。だから皆無。少年はテトラポットに腰をおろして、そこに置かれていたスケッチブックに、白黒の指先で絵を描く。同じ絵を何度も。知らない誰かの後ろ姿。それが誰なのか、少年も判らない。誰かを描 こうなど、更々思っては居ない。彼は待っているのだ。何かを待っているのだ。追いかける事がこの夢では許されない。追いかければ一度、目覚めてしまうような気がする。今はぐっすり、夢の中で、本当の自分を生きて居なければ。我を失う前に、染まらない自分の世界を見ておきたい。
 人影は少年が求めて居れば夢の世界、きっとやってくるのだが、それでは意味が無い。彼は無意識に待ち人を思い描くその瞬間を待っている。彼自身が意識せずに、ありのままを描くその時を。
 漣が星を飲み込んで息を止めた時。少年は白い衣装から煙草を取り出して火をつける。背景は出来上がった。あとは何時もの通り、惰性で誰かの後姿を描くのだ。少年はスケッチブックをテトラポットの上から砂浜の上へ投げ捨てる。風紋が砂に輪を幾つも描き、中心にそれが落ちた。風神と雷神の影が、赤紫に染まっ た空の向こうで小競り合いをしている模様。少年は笑い声を上げて烏の鳴きまねで彼等を茶化したが、その声は届かず、2つの神は遠くへ消えた。未だ暫く、夢は続く。誰が迎えに来るのだろう。自分は、自分を知ることが出来ずに、終わってしまうのだろうか。先は曖昧模糊。而して、何より曖昧模糊の一つ先を望んでいるのは、 彼自身なのだ。
 風が凪いで合図。何かが来た。それは少年にもよく判った。咥え煙草でテトラポットから、砂の上へ飛び降りる。そこに、砂の輪は描かれない。
 誰かが居る。鳶色の髪に、冷たくて深い瞳をした細身の少年、ルカがそこには居た。紙幣を何枚か握り締めている。
「呼んだかい?」
 ルカは口元を緩ませて言う。目は、真っ青に夜を映して、何を見ているのか判らない。終焉を迎えた目だった。
 少年は頷く。ルカは驚く風でも無く、頷く。後ろ姿を見たいと思った。ルカは果たして、無意識の原型か。又は……意識的な形式の基で生まれた影か。
「君を本当に想って居たよ。」
 ルカは呟く。その、意味深長なのか意図したのか判らない笑みは、まるで砂の様に計れない。何粒分の何を奏でるか。何を想っているのか。他人の本心等、砂の又砂。支離滅裂になる言語の法則。少年はルカに髣髴たる笑みで返す。煙草の灰が、頬を滑って天に昇る。


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