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昆虫の夜
【ホラー 官能小説】

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昆虫の夜-2

 男は女の身体に夢中でバスルームの中にあるものに全く気が付かなかった。女が男をまとわりつかせながら後ろ手にバスルームのかぎを掛けたのにも気付かなかった。
男は女の身体とその奥にしか既に興味がなくなっていた。女は男の顔を青く脈打つ血管が透き通って見える乳房にそっと押し付けた。男は女をシャワーの付いている壁に押し付けて、彼女の中に入っていった。男の息が止まり、一瞬後に息をつこうとした。

 女の乳房で息が出来ない。

 男は女から少しだけ身体を離そうとした。しかし女の乳房に更に深く顔が埋もれた。更に力をこめて女から離れようとした。しかし離れるどころか男の頭をしっかり抱きしめている女の腕は少しも緩む気配が無かった。

 息が出来ない。男は恐怖とパニックがスポンジを絞ってあふれ出た水のように湧き上がってくるのを感じた。目線だけで女を見上げると、女は視線に気付き悪意の無い清らかな笑みで男を見つめ返しながら、頭を更に押さえ込み首を腕でがっちりと締め付けた。男は何か性質の悪い冗談のような気がした。頭の血管が酸素を求めて膨張するのを感じ、息がどうしようもなく苦しくなり、男は女の背中に爪を立てて何とか引き剥がそうともがいた。乳房を噛もうとしたがあまりにも強く押し付けられていて、口も満足に動かせない。男は足元がふらつき力が入らなくなってきたのを感じた。

 女は男の視線に気が付いた。男は女の中に身体を埋めたまま、女の背中に爪を立て必死に抱擁から逃れようとしている。背中から血が滲んできたのが判ったが、女は全然構わなかった。女は今まで沢山の獲物を仕留めてきたが、いつも獲物と痛みを分け合ってきた。命を与えてくれる食物に感謝を欠かした事はない。今も女は男を締め付けながら、胸のうちに男に対する愛情と感謝の気持ちが湧いてくるのを感じていた。

 といってももちろん、子供に対する気持ちとは比べ物にはならないのだが。

 それでも女は男の事を愛してた。男の容姿も、ちょっと我侭で俺様なところも、男のセックスも愛してた。男の足がふらふらになったのを感じて、女は依然と男の顔を押し付け首を締め付けながら男を下にして横たわった。バスルームは狭かったが男と横足られるぐらいの広さはあった。もちろんバスルームの広さがこの家を選んだ条件だったのだ。バスルームが狭ければセックスもその後も満足に動く事が出来ない。この男とセックスするのがコレで最後なのが女は心底残念だった。試しに女は自分から腰を動かしてみると、中々いい感触だった。女は男が声にならない悲鳴をあげているのが判ったが、かまわず腰を動かしつつ、更に男の顔に強く胸を押し付けて男の息が止まるのを待った。

 男は信じられない気持ちで一杯だった。心臓が首の血管がこめかみの血管が酸素を求めて喘いでいるのに、女は自分の顔を押さえ込みながらヤッている。何処に、この女のどこにそんな力があるのか、あの細くてしなやかな体のどこにこんな力が隠れてたのか、判らない。絞め殺されている真っ最中でも男にはそんな女が想像できなかった。頭が膨張するのを感じ、眼球が近々飛び出しそうだ。男の目の前が透き通る肌色にぼやけていき、声にならなかった悲鳴をあげながら意識が沈んでいった。最後に男は自分が女の中で射精した事をぼんやりと感じた。

 女は男が射精して息絶えたと同時に、男の首を木の枝を折るように折った。首の骨が折れる音は木の枝が折れる音とそっくりだった。男を体から引き離すとそっと横たえた。ぐにゃぐにゃになった首があらぬ方向に傾き、焦点の無い目を見開いていたが女は特に気にするでもなかった。。そしてバスルームに準備していた大きな出刃包丁とまな板を手にとって手際よく男を捌きだした。

 女は男を捌き終わると、体中についた血液の一部をなめて、残りはシャワーで洗い流した。女は胎児に話し掛けた。

「今夜はご馳走よ」 おなかの子供はまだ動き出さないが、ご馳走に飛び上がって喜んでいるのを感じた。これから子供と女自身の為に毎晩狩りをする事になるが、簡単に獲物は見つけられるだろう。男は皆喜んでついてくる。女は男の光の無い眼を見て思った。出来れば彼みたいな人が欲しいわ、ご飯の前にちょっとだけ楽しませてくれる人。

 女は明日からの狩りを楽しみにしてる。


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