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捨て猫
【コメディ 恋愛小説】

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捨て猫-10

 るるぅるるぅー!
不意に馬鹿でかい音量と共に、お馴染みの携帯マナーについての注意が流れる。
映画館の風物詩、妙に長い宣伝が始まるようだ。
毎度の事ながら沸き起こる興奮を冷やしてくれる。
そんな宣伝にさぞかし退屈してるだろう、と隣のユキを見た。
が。
「わぁ………」
思わず零れてる感嘆が、すべてを物語っていた。
宣伝は興奮を冷ますどころか、ユキを煽っていた。
それだけじゃない、感嘆もさることながら目もすごい。
幼稚園児が憧れのヒーローと後楽園で握手したって、そんな目はしないだろというく
らいに輝かしている。
その姿はあまりに幸せそうで、こっちにまで幸せが溢れ来るようだった。
そんな爛々と輝く目を、自然にかわいいと思った。
喜びや楽しみをこんな風にわかりやすく子供のように表現できる人は、なかなかいな
い。
いたとしても、こんなに自然には示してくれない。
人はもっと計算じみたあざとい動きをする。無垢を装った考え尽された動きを。
「何よ?」
視線に気づいたユキがこっちを向き、口を尖らせる。
「いや、かわいかったからさ」
素直な感想がポロリと零れ落ちる。
瞬間、ユキの体がピクン、と飛び跳ねた。
そして、唇をわなわなと震わせ始めた。
どうもおかしい。そう思って覗き込もうとしたら、不意に顔を上げた。
暗いところでもわかるくらいに、赤い。
「か、かわいいって!ななななななな、何言ってんのよ。大丈夫?こんなとこ来て頭お
かしくなったんじゃない?ま、まあそう思うことはわるいことじゃないわ。え?べ、
別に嬉しくなんかないわよ!勘違いしないでよ。
あんたなんかにかわいい、だなんて言われたって……言われたって……」
一気に捲くし立てる。
顔は、沸点超過という感じだ。
動揺してるのは一目瞭然で。喜んでいるのも照れているのも、火を見るよりあきら
か。
普段は辱恥の欠片も感じない彼女にしては、あまりのギャップに、正直驚いた。
かわいいと呼ばれると女の子は誰であろうと、喜ぶ者だなんてことを、どこかのホス
トがぬかしていたけれど、どうやら本当らしい。
女の子から一番遠い女の子、いや、そもそも人間であるかも怪しい者がこれだ。
「まあ、楽しみなよ」
本当はそういうところがますますかわいい、とでも言ってやりたかったが、そこまで
すると、ユキが壊れてしまいそうなので、グッとその言葉を呑み込んだ。
「い、言われなくてもそうするわよ」
まだ顔をほのかに赤らめたまま、ユキは前を向いた。

チープな脚本に迫力のないCGの戦闘、突っ込みどころ満載の無理矢理纏めたラスト
シーン。
映画は文句なしのB級だった。
が、ユキは映画館で見れた事だけで満足しているらしく見るからに上機嫌。
水を挿すのはあまりにかわいそうというか、無粋なことのように感じる。
うむぅ、とこの映画についての感想を頭を捻りながら考えていると、ユキが意気揚々
と話しかけてきた。
「面白かったわね!」
これでもかってほどの満面の笑みが眩しい。
こんな笑みをユキに向けられたのは、同居生活から一ヵ月、初めてのことだ。
いや、そもそも不機嫌な顔以外俺に向けられたことはないかもしれない。
「うん、まあよかったね」
「あのラストシーン最高だったわ。ヒーローとヒロインの最後の台詞……ああ、考え
ただけで胸が、こう」
俺の一番ツッコミたいラストシーンを、事も無げに大評価。猫耳人と人間では感性が
違うのか。


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