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《SOSは僕宛てに》
【少年/少女 恋愛小説】

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《SOSは僕宛てに》-7

 少女は青年の真摯な言葉に勇気付けられた。私は、私のままで良い。目が見えなくても、こんな自分でも、必要としてくれる人が居る。そう思うと、不意に涙が頬を伝う。今まで流した涙とは違い、それは不思議と、とても温かく感じられた。次第に祖父の病状が回復するにつれ、少女の心も軽くなって行った。それは良い予兆だった。しかし、少女にはどうしても気になる事があった。それは、青年の素性についてだ。青年は、自分は発行部数も少なく、然程名の売れていない芸術家しか取りあげる事のできない、小さな出版社のジャーナリストだと言っていた。そして青年は少女に、今まで自分が取材した人々の話しをしてくれた。それが腑に落ちない。それならば何故、彼は少女が好きになったあの話しを、『有名な盲目作家』の話しをしたのか。青年の言ったような雑誌であれば、彼女程の著名人を取材できる筈がない。いや、ジャーナリストであるのが本当なら、知っていても不思議ではない。ジャーナリストでなくても、その話しが掲載された雑誌を読んでいれば、そこに疑問はない。それならば何故、嘘を付く必要があるのだろう。
 見栄や体裁を取り繕う為に嘘を付くような人ではない。きっと何か他の理由がある。そう考えた少女は、事の是非を明らかにしようと、青年に真実を問い質す。それは少女に取って勇気の要る行為だったが、その勇気は彼が与えてくれたものだった。青年が自分にそうしてくれたように、今度は自分が、彼に何かを与えなければならない。青年が言ったように、それは自分にしかできない事だと、少女は感じていた。陽の傾き始めた頃、少女と青年は、家の近くの丘へと昇る。そこはいつか、彼があの盲目作家の話しをしてくれた場所だった。想い出の場所で、少女は訪ねる。あなたは本当は何者なのかと。青年は答える。自分もまた、光を失っているのだと。少女は訪ねた。光とは何かと。青年は答えた。それは「心の行き先」だと。青年は朱に染まった陽の先を見つめ、滔々と、しかし悲しげに語り始めた。
 青年は昔、作家を志していた。その文学的信念は強固であり、彼自信の存在意義と比較して尚、同意と定義可能な程に惜しみ無い情熱を注いでいた。しかし、皮肉な事に、なまじ中途半端に才能が在ったため、自分が作家として大成できる程の才と器がない事を、彼は悟ってしまっていた。勿論、彼にとって小説は、人生の命題そのものであり、諦める事は容易ではなかった。挫折感と虚無感に苛みながらも、両親を安心させる為、ある大手の出版社に入社する。職に就いても、青年の頭からは片時も、諦めかけた夢の残滓は離れなかった。それでも、持ち合わせの文章力と行動力は、青年の地位を除々に押し上げ、若くして社の看板たる文芸雑誌の、編集の一端を任されるまでに至った。彼は編集者として、文学界の著名人を取材した。しかし、憧れの職業家たちとの対談に喜びはなく、在るのはただ、空虚な羨望だけだった。かつて想い描いた立場とは逆にある現状が辛かった。光を当てられる筈が、その影となり、引き立て役に甘んじる自分が情けなく感じられた。特に、あの盲目の女流作家と逢った時、その想いは強さを増した。
 盲目というハンディキャップを背負いながらも、愛しい人の支えによって物語を産み出し続ける一人の女性。自分には支えてくれる人はいなく、しかし独りでは、人の心に響く物語は創り出せない事実。その心境は、少女のそれと似ているものだった。眩しすぎる光に瞼を閉ざすように、彼はその大手の出版社から、地方の小さな出版社へと移勤する。そうすれば、高名な作家との繋がりを断ち切り、目映い光に瞳がくらむ事もない。そう考えた故の逃避だった。しかし実際は、光と影は表裏一体であった。青年の取材した、名の売れない芸術家たち。彼等は皆、心の何処かに闇を内容していた。しかし、青年のように、それに目を背けるのではなく、闇と共存する事で、より光を際立たせていた。例えば、死した恋人を想い、レクイエムのみを創り続ける作曲家。彼の奏でる鎮魂歌は、真の哀しみを知った者のみが産み出せるエレジー。それは他者のイミテーションでもなく、流行に捕らわれたデフォルメでもなく、本来の意味でのオリジナルだった。


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