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雨音
【悲恋 恋愛小説】

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雨音-3

「やっぱり俊樹、ここにいたんだー」
あたしの心をかき乱すこの声。
俊樹を「俊樹」と呼ぶこの声の主は、タタタ、と小走りで俊樹に歩み寄る。
「部室の掃除してて遅くなっちゃったんだけどー」
今までの静けさも一瞬にして消し去られる。
教室独特のにおいも、柔らかなフローラルの香りに変わっていく。
「中野さんも誰か待ってるの?」
屈託のない微笑みであたしに問いかけるその人の顔を、あたしは直視出来なくて目を泳がせる。
「……まぁそんなとこだけど」
少しぶっきらぼうな言い方だったかな、と心が痛む。
彼女の前では、自分がすごく嫌な女になってしまう。
イヤミなんか一つも言われてないのに、自分はイヤミを言おうとしてる。
トゲのある言葉を探して、わざと言おうとしてる。
こんなあたしは、俊樹の目にどんな風に映ってるんだろう。
情けなくて、みじめで、この場を早く立ち去りたかった。
「マネージャーは部室の掃除も役割の一つだろ、なんて、顧問の石田に怒られちゃってさー、今まで掃除やらされてたよー。ほら、サッカー部って部室汚くて…」
ニコニコとあたしに話す彼女。
下を向きながら「ははは…」と笑うフリをするしかなかった。

「―――――…いーから行くぞ」

ガタン、と立ち上がる。
ぶっきらぼうな言い方、無表情の俊樹。
「話してる最中なのにー」とふくれる彼女。
救われた。
また、俊樹が救ってくれた。
ちゃんとわかってくれてる。
でも、余計なこと何にも言わないとこも、あたしは好きだから。
見えない気配りが心に染みた。
「じゃーねー」と、あたしに手を振る彼女。
笑って手を振り返すのが精一杯だった。
彼女の肩にかかるバッグに、サッカーのキーホルダーを見つけた。
フェルト生地の、手作り風キーホルダー。
また、胸がキュッと音を出す。
視線を手元のノートに落として、意味もなくページをパラパラめくった。
今はただ、何も考えないで時間をやり過ごすために。


「―――……理香」


再び静かになりかけた教室に響いた、低くて温かい声。
自分で自分の体を揺らすほど、ビクッとしたと思う。
もう一年近く呼ばれたことがない、自分の名前。
あれからずっと「中野」って呼ばれてきたのに―――――
ノートに視線を落としたまま「なにー?」と平気なフリで聞き返す。
「……ごめんな」
俊樹と彼女が去っていく足音が廊下に響く。
彼女が「ごめんって何したのー?」と問いかける声が後から響く。
そうして教室も廊下も、また静けさを取り戻した。

意味もなく開いていたノートを閉じる。
あたりを見渡して初めて、かなり暗くなったことを知る。
自分の机の上にあるのはハイチュウの包み紙。
口の中にはもう、影も形もないハイチュウのわずかなフレーヴァーがあるだけ。
あたしはそっと、震えるように泣いた。
きっとこの雨音が、泣いてるあたしを包みこんでくれる。
今日だけは泣いてもいいかな。
そう思って、あたしはこの静かな教室で、静かに泣いた。


学校の放課後。
今日の天気は、くもり後雨。
運動部で溢れるはずのグランドには誰もいない。
遠くの音楽室から吹奏楽部の練習曲が聞こえてくるだけ。


雨音とともに。

〜FIN〜


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