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雨音
【悲恋 恋愛小説】

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雨音-1

学校の放課後。
今日の天気は、くもり後雨。
運動部で溢れるはずのグランドには誰もいない。
遠くの音楽室から吹奏楽部の練習曲が聞こえてくるだけ。

「まだそんな夕方じゃないのに…」
独り言が出るほどに、電気をつけていない教室は暗い。
意味もなく、その場にあったノートを広げておいた。
誰もいない教室で、ふと外の雨を見つめる。


静かな雨音。


こんな雰囲気も悪くない、と思った。

「なーかーの」
淡々とした低い声。
聞きなれた声で自分を呼ばれて振り向いた。
開けっ放しの教室の戸から顔を出している―――奴だ。
「……暇人」
皮肉を言ってのけた。
自分を呼ぶそいつは、かったるそうに歩いてくる。
目の前の席に座ろうと、椅子を乱暴にひく。
ガタタタ、と、嫌な音が響いた。
「…静かにしてよ、静かに」
「おー、すんません」
ドカッと座って「疲れたー」と一言。
後ろを向いて座ったそいつと目が合う。
「俊樹、サッカーしないの」
さりげなく視線を手元のノートにそらしながら。
「雨でしょ、雨。できねっつの」
そんなこと知ってる。
真っ直ぐな目を見ることが出来なくて。
平然を装うのが精一杯で。
「サッカー少年のくせに」と言い放って、今度はこっちから視線を合わす。
クチャクチャとガムを噛みながら変顔で睨まれた。
ぶ、と吹き出す。
「ブサイク」
「なんだと」
いつもの会話。
大して面白くないことに笑えること。
大して声のトーンも変えずに話すこと。
大してテンションも上がっていないこと。
俊樹とのこういう時間があたしには必要だ、と思える。

「俺をブサイク呼ばわりした中野ちゃんにプレゼント」
左のポケットから出された小さなもの。
ガムじゃなくてハイチュウだった。
「ダイエット中だって言ったのに」
「一つや二つ、なーんも影響しねーべ」
「いや、間食は…」
言ってる最中に包み紙を広げはじめる。
人の話を聞かないところも、わかってたけど。
ハイチュウは、中が薄い黄緑色をしてた。
「マスカット味」
誇らしげに言う。
また、真っ直ぐな目を向けられた。
ふっ、と笑ってごまかしておいた。
「俊樹が食べなよ」
「いーから。ほい」
あーん、という口の真似をする。
どうやら口を開けろって言ってるらしい。
いつものあたしなら、「いらない、マジで」って言い張る。
だって恥ずかしいから。
俊樹にハイチュウ食べさせてもらうなんて。
でも、今日は素直に従った。
小さく口を、あーんと開けてみる。
俊樹の左手があたしの口に近づく。
カラコロ、と口の中に何かが入る。
甘いフレーヴァーが口に広がっていく。
手が遠ざかる時、一瞬俊樹の指があたしの下唇に触れた。
ドキッと音がしたかと思うほどの電気ショック。
気にするあまり、静かな教室が余計静かに感じる。
―――雨音が耳に障るほどに。

下唇に指が触れたことも気にかけないこの男は、んん〜っと背伸びをして「ふぁ〜あぁ…」と豪快なあくびをした。
ハイチュウを食べながらドキドキしてる自分がこそばゆい。
触れたところが何気に熱くて。
リップで手入れしといてよかった、と思う。


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