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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-5--3

 水瀬はいつもと変わらず、保健教師としての業務をこなしていた。昨日は結局無力さを噛み締めながら、それでも昨日は昨日になった。
 そして今日も慈愛は来る。いつもと同じように、笑顔で迎える。この欺瞞はいつまで続くのだろうか。
「ありゃ。みーちゃん先生、顔色良くないですねぇ」
 慈愛は他人の表情に敏感だ。母親の表情を上手く読み取らなければ酷い暴力が待っているのだから、慈愛にとっては必須のスキルなのだろう。常に微笑っているような彼女の表情や感情はただでさえ読みづらい上に、感情のベクトルが普通とは違う。どう違うのかまでは、水瀬には分からないけれど、もしかしたらこの子は理解っているのかもしれない。
「うん、ちょっと風邪気味なの」
 僅かな不調も誤魔化せない。ただ、理由を正直に言う必要もなく、体調が悪いということにした。だるさを感じているのは本当だ。
 だけど、もう保健の先生が風邪引いちゃ駄目ですよぉと、いつものこの声を聞くと、何故か自然と笑える自分がいる。顔立ちは母親の生き写しなのに、その笑顔は母親の仮面じみた笑みとは全く違う。無邪気で無防備、そして自然体。何故そんな風に笑えるのだろう。良いとか悪いとかではなく、水瀬には不思議でしょうがないのだ。

 ――これは、水瀬が勝手に分析しているだけなのだが。

 慈愛は現状を良くしようとか、所謂向上心の部分が希薄だ。やる気がないのではなく、現状に不満を抱いていないのだ。

 ……何故、不満を抱かないのだろう。十四歳ならば、慈愛の環境を抜きにしても、親に対してもある程度の反抗期を迎えるものなのに。なのに何故、慈愛は母親に対して不満を抱かないのか。
 一つには、母親のカリスマ性があると思う。慈愛自身が母親を絶対的な存在としてみているのに加え、周りからの評価もそれを肯定する。今ではもう、『教育』によって疑問にすら感じず――“当たり前”になっているのかもしれない。
 或いは、反抗することが怖いのかとも思った。だけどその考えには違和を感じる。慈愛が本当に母親のことを大事に思っているからなのか。それは正確ではない気がする。だが慈愛が母親を慕っているのは事実で、何故そこまで母親を想えるのか、正直な所水瀬の想像の範囲を越えていた。
 “痛み”や“不満”をこの現状に対して抱かないはずはない。だがそれでも母親のことを大事に想うならば――別のはけ口、それががあるはず。なければ、慈愛はもっと目に見える形で異常を知らせるはずだ。だが慈愛の場合はのんびりと、誰に対しても自然体でいる。それが何を意味しているのか、水瀬には理解らなかった。
「先生、ちょっといいですかぁ?」
「んー? ベッドなら埋まってるよ。なんか話あるならあっち行こうか」
 あっち、つまりカウンセリングルーム。一つの教室を六つに区切り、それぞれにパソコンが一台ずつ置かれ、DVDや音楽なども自分で持ってきて再生できたりする。一応カウンセリングルームなので仕切りの防音効果は高く、中に入ると大きな声をたてなければ会話は聞こえないようになっている。満室になっている場合がほとんどだが、教師が付き添う場合はカウンセリングが行われるとみなし、教師の付き添いがある方が優先される。今回もそうだった。
「それで、どんな話?」
 時間もあまりないので、すぐに本題に入る。だが慈愛は、少し戸惑っているようだった。焦らせずに話すのを待つ。今は慈愛の為の時間だ。
 カウンセリングの時は音楽を流すようにしている。今日は映画に使われたバージョンの『Oh Happy Day』を流した。「神が罪を洗いながした」という歌詞が繰り返し流れて
いく。
「いい歌ですよねぇ」
 すぐには本題に入りたくないのか、ポツリとその一言を発してから何も言わなかった。ただスピーカーから流れだす歌だけが、沈黙の恐怖を緩和してくれた。


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