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甘辛ニーズ
【コメディ その他小説】

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辛殻破片『甘辛より愛を込めて』-4

 扉をノックする。
「終わりました」
「ん」
 雪さんが再び入ってくる。 どこか悲しそうな表情だった。

 なのにも関わらずお腹が鳴った。 相も変わらず僕って奴は、ムードを壊す天才だな。
「…大学に行く前に時間があればご飯も作るよ。 その前にさ…その服」
「服?」
 雪さんが無言で、脱ぎ終えた服を指さす。
「ぱ、パンツとかも、佐々見くんが嫌じゃなければ、洗濯するけど…」
「……あ」
 …お願いしとこうかな。
「とりあえずリビング行こ」
「はい」


 本当にこの家は大きい。 部屋の数も多くてベランダも大きいし、何よりもリビングが異常なまでに広い。
 凪は初めて来た時、どう思ったんだろう。 僕と同じ普通の意見だろうか。

「凪ちゃんってさ、可愛いよね」
 唐突に話しかけられた。 しかもまた凪関連。
「否定はしませんね…」
「可愛い子ほど、心を開いてくれないものなのかな…」
「…?」
 それ以降は話が続かなかった。



 リビングは恐ろしく静かで、ふと目を向けるとソファーの上で凪が体育座りをしていた。 僕達に気付いていない様子だが…。
「あたしは…これ入れて洗濯機回してくる。 ちょっと待っててね」
 僕の服を持って、雪さんは足早に他の所に行ってしまった。


「おはよう」
 僕は凪に声をかけた。 すると凪は物凄い速さでこちらを向いて立ち上がり、突然抱きついてきた。
 心做しか微妙に軽い様な…。
「…っとと…危ないっていうか、それ以前に抱きついてくるなよ…」
 今年に入って何回目だ? そう思っている内に、凪の異変に気が付いた。
「凪?」
 僕の胸に顔を埋めて、一向に離れようとしない。
 …変なことだけど、もう一つ気付いた。 抱きつかれる時は、大体凪の頭は僕の肩辺りにくるはずなんだ。

 間もなく鼻を啜る音が聞こえた。
「まずはさ、離れてくれないと……」
 急に胸が温かくなる、そのままの意味で。 なんていうか冷たいけど温かい。
 ………濡れてる?

「……ショウちゃん…生きてる…?」
 鼻声ではあるけど、はっきりと聞こえる。 どうやら泣いている様だった。
「…そりゃあ生きてるよ。 死んでたらここにいないって」
「………ショウちゃっ…ぁん…!」
 僕を抱き締める凪の力が強くなる。 そしてそのまま泣き出した。


 泣き終えるとすぐに離れてくれた。 胸が凪の涙で一杯だけど気にしない。
「ショウちゃんが死んじゃったら…私…私はっ……!」
「……凪……」

 …何かおかしい。
 死ぬとか死なないとか…たしかに僕は死にかけた、だが凪をここまで追い詰めさせる原因は何だ?

 違う、それよりもっと莫大な違和感がある。 もしかしたら見間違いかもしれないけど。
 いや…正面で向き合ってるから絶対にわかるんだ。 どうしても違和感の正体に気付いてしまう。

 心臓がありえないくらい早く動いている、どんどん煙を吹き出す蒸気機関車のように。
 僕は恐ろしいことを考えているのかもしれない…しかし…


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