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もし、私が死んじゃったら
【悲恋 恋愛小説】

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もし、私が死んじゃったら-1

秋も深まってきたある日曜日、英俊は朝から落ち着かず、予定していた時刻より早く家を後にした。今日は婚約者の両親にあいさつにいく日だ。家を出て、自分のバイクが目につく。
「バイクでくるなって言われちゃったからな…俺車持ってないし…」
婚約者の愛美の両親は近所の暴走族のせいでバイクをひどく毛嫌いしているため、愛美はバイクでこようとしていた英俊にバイクはやめてくれと忠告していた。
「やっぱ電車か…苦手なんだよな…」
俊英はそんなことをぼやきながら落ち着かない足取りで駅をめざした。
駅につき、久しぶりに切符を買い、久しぶりの電車に揺られる。
「愛美のお父さんて、どんな人なんだろう…」
そんなことを考えているうちに、電車は目的の駅に着いた。
「九時半か…早く着きすぎたな…」
愛美とは十時に駅で待ち合わせることになっていた。当然愛美はまだ来ていない。見渡してみると一軒の洒落た喫茶店が目についた。
「あそこで待つか…」
俊英は愛美に「早く着いたので駅前の喫茶店で待っている」とメールを打ち、喫茶店のなかに入った。
入り口付近の席につき、コーヒーを注文した直後に愛美からメールが来た。
「すぐに行くから少し待ってて、か…」
タバコに火をつけ、物思いにふけっているとコーヒーが来た。それを一口飲み、愛美のお父さんにどんな挨拶しようか考えていた。
あれから何分たっただろう…ふっと我に返り冷めきったコーヒーを飲みながら時計を見る。
「もう十分たったのか…」
その時、遠くの方で車の急ブレーキの音と何かにぶつかる音が聞こえた。
「事故…か?」
一瞬いやな寒気がした。
「まさか……いや、そんなわけないか…」
不安になった英俊は慌てて愛美の携帯に電話する…。呼び出し音が鳴り続ける…。
「愛美…出てくれ…!」
そのとき、タクシーの運転手らしき男が入ってきてカウンターでマスターにむかって
「三つ先の交差点で若い女が跳ねられたらしいぜ」
と話していた。
「嘘だろ…」
英俊は慌てて店を跳びだした。マスターが「お勘定!」と叫んだが耳には入らなかった。何度も転んだ。事故があったと思われる交差点には大勢の人が集まり、救急車の音も近づいてきていた。人込みを掻き分けていく。
そこには見覚えのある女性が血を流して倒れていた。その横で携帯が英俊の名前と携帯番号を表示しながら、愛美の大好きな曲を奏でている…。
「マナ…ミ…?嘘だろ?愛美!!!」
英俊は叫ぶ。人込みのザワつきが一層大きくなる。顔面蒼白の加害者と思われる男性が震えながら座り込む。救急車のサイレンがすぐそこまできている。愛美は動かない…。
「ちょっとどいてー!担架通るよー!」
救急隊員が来た。何もできずただ叫んでいる英俊を押し退け、動かない愛美のそばに駆け寄る。
「まだ息はあるね」
「急いで病院に運ぼう!」
救急隊員が叫ぶ。生きていることがわかり、英俊は少し落ち着きを取り戻した。愛美が担架で運ばれ、そのまま付き添って英俊は救急車に乗り込む。
救急車が発進した直後「…英ちゃん…」と、かぼそい声がかすかに聞こえてきた。愛美の意識が戻った。
「愛美!!!」
英俊は叫んだ。
「英ちゃん…あたし…どうしたの…?なんか…お腹苦しいよ…あちこち…いたいよ…」
英俊は愛美に「交差点で車に跳ねられちゃったんだよ」と簡単に説明した。
「英ちゃん…あたし死ぬのかな…?」
その言葉を聞き、救急隊員があわてて「大丈夫ですよ!」という。英俊も「大丈夫だよ!」と繰り返す。愛美は震えながら涙を流していた。たまに苦しそうに咳をしては英俊の手を震えながら強く握った。
「寒いよ…英ちゃん…あたし…まだ死にたくないよ…英ちゃん…死にたくないよ…」
英俊は慌てて愛美の手を握り締め、ただひたすらに「大丈夫」と繰り返した。英俊の目には堪えることのできなくなった涙があふれていた。
愛美の呼吸は次第に荒くなる。十分ちょっとでつくはずの病院が遠く感じる。
愛美がまた苦しそうに咳をした。目からは涙がとめどなく流れ枕が血と涙に濡れていく。
「…英ちゃん…?もし…あたしが死んじゃったらさぁ…」

―もし、あたしが死んじゃったら―
これは愛美がよく使う言葉だ。愛美はよく「もし、あたしが死んじゃったらどうする?」と聞いてきた。英俊はいつも「俺も死ぬ」と言って笑っていた。


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