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残酷な『愛』
【悲恋 恋愛小説】

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残酷な『愛』-2

僕はどのくらい電車に揺られてたろうか…
 富山駅で降りて、そこからバスで数十分。
 午前2時を回っているというのに観光客でごったがえす町をすり抜け、裏通りに入ると、祐教寺というお寺の前で二組の流しが静かに踊っている風景に出逢った。
 格子戸の旅籠宿、土蔵造りの酒屋―。どこからか聞こえてくる三味線、胡弓の音…。それにあわせるように聞こえてくるどこか物悲しい唄声…。
 すると、どこからかフワリ、フワリ、と現れる浴衣に編笠姿の艶っぽい女性達。深紅の着物に黒い帯。まっかな帯締めが印象的だ。桃色のぼんぼりの灯に映し出された浴衣の袖を秋風がかすめると、サラリと布のすれる音が聞こえる。
 彼女の本で見た写真と全く同じ光景だった。
 いつ果てるとも知れないノスタルジックな世界に吸い込まれていく意識…。

(『風の盆』ですって。綺麗な言葉ね)―

 彼女の声に、ハッと我に返る。
 僕は、胸の中の小くなった彼女に視線を降ろす。
 表通りから人を避けて流れてきた初老の男女が位牌と、遺骨の入った小さな金糸刺繍の巾着を胸に抱えた僕を不思議そうに覗き込んでいた。
「このお祭りは初めて?…そう…じゃぁ、あなたはラッキーな人だわ。今年は雨が降らなかった。こんな『風の盆』も珍しいのよ」
 話し掛けてきた白髪の一人の淑やかな女性が、頷き俯く僕の肩にそっと手を置く。
「あなた…そんな顔をしていてはだめ。よく言うじゃありませんか。『おいていかれるほうより、おいて行くほうが辛いんだ』って。残されたってことは、生きろってことですよ。あなたには、その力がある。だから神様がそうなさったんだわ。辛いのは、あなたじゃない。この愛しいお方なのよ。あなたのそのつま先の向いた先には、彼女が託した『明日』がいっぱいあるの。だから、もっと…ほら!」
 ふいに、背中をポンと叩かれ、僕はよろめきながら一歩前へ踏み出した。
 道の真ん中あたりまで飛び出してしまった僕を取り囲むようにして、踊りの輪が出来て、白地に藍の染めをほどこした浴衣に、編笠姿の女性が数人。それと三味線、太鼓、胡弓が唄い手の声に合わせて舞い踊りだす。
 慌てて振り返る。
 そこにはもう、淑女も初老の男性も…誰もいない
 よく見ると、踊る女性の間から見える、格子戸の向こう側…一輪の白い百合の花が背筋を伸ばし、凛とした姿で僕を見ていた。
その姿に、彼女の姿が重なる…
 僕はその時、初めて泣いた。
 彼女の癌を知らされた時も、彼女が天に召された時も、小さな壷に納まってしまった時も…
 決して流れることのなかった涙が、ポロポロポロポロと止め処なくこぼれ落ちた。
 地面に膝をついて、天を仰いだ僕は大声で泣きじゃくり、まるで子供のように、いつまでもいつまでも泣いていた。

 窓に側頭部をコツンと押し当て、流れる車窓を眺めていた。
 田舎の始発電車に乗客は少なく、祭りの余韻に慕っている中年女性が何人か騒いでいるだけだった。

―春風吹こうが 秋風吹こうが オワラ恋風 身についてならない
 見たさ逢いたさ思いが募る 恋の八尾は オワラ 雪の中―

 祭りの中で、嫌と言うほど聞いていたので覚えてしまったその唄を、上手に真似る声がどこからか聞こえて耳を傾ける。
「それって、俺のことじゃねぇか…」
 思わず呟いて、フフッと笑ってしまった。

 結局僕は、怖かったのかもしれない。
 彼女と一緒に病と闘うことから逃げてしまったのかもしれない。
 告知されなかったこと、抗がん剤を使わなかったこと…それを彼女がどう思ったかはわからない。
 彼女の言葉が蘇る…
 彼女はすべてわかっていたのではないかと思う。
 そして、そんな弱虫な僕を許してくれたのだ。
 
 明日のことはわからない。だけど、今日は生きてみようと思う。
 だって、僕には彼女に託された『明日』がいっぱいあるのだから。
 雲の切れ間から、筋状に延びた朝陽が何本も車窓に流れ込んできて目を細める。
 それは、まるで天国へと続く金色の橋のようだった。

「よかった…あなたじゃなくて、私で。本当によかった」
 彼女が残した僕への『愛』の言葉……
 それは、世界で一番優しくて、愛に溢れて…―
 そして、世界で一番悲しくて、残酷な『愛』の言葉だった。


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