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罪+絶望+月=私
【その他 恋愛小説】

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罪+絶望+月=私-1

 恋をした。ママが大学受験の為に、と付けてくれた大学生の家庭教師に。有名大学の学生だった先生は、「僕の学校においでよ」と囁いて私を抱いた。そして妊娠した。生みたいと言ったら、勘当された。
 その日の内に先生に電話して駈け落ちしようって言った。周りの荷物を小さいトランクに詰めて、そこそこのお金をポケットにつっこんで待ち合わせ場所のK橋に行った。丸一日待ったけど、先生は来なかった。携帯は繋がらなかった。私はその足で病院に行き、子供を堕ろした。

 

 体がひどく重い。術後の経過があまり良く無いからもう少し入院するように、と言った看護婦の言葉は正しかったようだ。そんな彼女を振り切って勢い良く退院を決行したけれども、勢いの良さは10分も持たなかった。体は重いし、行く所も無い。それでもふらふらと歩いてたら辺りはすっかり暗くなってきて気が滅入った。その上、やっぱりK橋に来てしまった私はこの世で一番馬鹿だと思い、さらに気が滅入った。それでも橋から動けない私はさらに救いようもない。

 暗くなってからずいぶん時間が経ったと思う。時計を持って来なかったので時間が全くわからない。携帯を見れば時間はわかるけど、別に今何時だろうがどうだっていい。橋の欄干にもたれていたが、立っていられなくて座り込んだ。

 月が私の真上から少しずれて、川面に色を作る。4車線あるK橋を時々トラックが通り、その度に地面と接触しているお尻を伝ってお腹にじりじりと響く。寒くて重い。私の体が。この小さなトランクが。この携帯が。
 私はただ恋をしていただけなのに。気が付けば人殺しだ。抵抗するすべもまだ知らない命を、私は握り潰したんだ。先生が好きなだけなのに、どうして人殺しになってしまったんだろう…。先生がいて、産まれてくる子がいて、しばらくすれば両親がきっと認めてくれて、結婚式をして。どうしてそれ以外の結末を考えつかなかったんだろう?やっぱり私は馬鹿なんだ。あんなに勉強したのに、こんな時どうすれば良いのかちっともわからない。

 首だけを捻って後ろに伸びる川を見た。月はもう私からずっと離れている。私にはもう行く所は無いけれど、一つだけ行きたい所があった。あの子に会いたい。私と暮らすはずだったあの子に。
 私は冷たい欄干に手を掛けて体を持ち上げる。立ち上がりたいのに、足を踏みしめてもスポンジのように足元がぐらぐらする。その分手に力を込める。私の体はゆっくりと引き上げられ、欄干に上半身を引っ掛けた。腕だけを川の方にぶらんとたらす。手を伸ばしたら月に届きそうなのに、本物の月も、川面に映る月も手に入らない。そして先生も手に入らず、帰る家をなくし、あの子を失った。確かに私は幸せだと感じていたのに、その幸せがくれたのは逃れようもない絶望だった。あの子を殺した罪を背負い、この絶望を抱えて、私はあの子に会いに行く。それでもあの子に会いにいく。
 ポケットに入れていた携帯を橋の上に思い切り投げ捨てる。それだけで私の体は宙に浮きそうなくらい軽くなった。思わず微笑する。だって私にはもう先生が必要無いから。

 私は欄干と横に伸びる太い柱に掴まりながら、手摺りの上に登り、真っすぐ立ち上がった。橋の上に割れて転がった携帯も、踏み台にしたトランクも無意味だ。私を捕らえる事はもう無い。

 ゆっくりと慎重に深呼吸する。柔らかく波打つ水面には変わらず月がある。それだけで十分だ。罪と絶望と月。これが私の構成要素の全てだ。

 

 さあ、あなたを抱かせて下さい。


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