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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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Whirlwind-7

「19世紀のイギリスで、何人もの女を殺してまんまと逃げおおせた男がいたわ。当時は、悪魔と契約を結んだ魔術師だとか、医者だとか言うものも、精神を病んだ殺人気だとか言うものも居た…そして、おそらくその全てが当てはまった。」
昔話をするような口調で、彼女は話し出した。
「その男は、ある娼婦を殺した。いえ、一人だけではなく、沢山ね…そのうちの一人の娼婦の、恋人だった男が犯人に復讐を誓い…黒魔術の修行を積んだ。20年のときが過ぎ、男はついに自分を人狼に変化させる方法を見出した…。そうすれば犯人を追うための嗅覚と、殺すための力を手に入れることが出来るから。人狼となった男は、犯人を捜した…何年も、何年も。」
彼女は淡々とした口調で続ける。
「だけど、そんな彼の体力にも衰えが見え始めた。そんな中、一人の女が彼の元を尋ねてくるの。私との間に子供をもうけ、そして犯人に止めを刺しましょう、と。その女は、我々青嵐会の幹部から命ぜられた狗族だった。聖なる武器を宿す子供を生むべく、子の片親を探すという命をね。男は最初渋ったけれど、最後には承諾したわ。ねぇ、気を悪くしないで欲しいんだけど、貴方のお父様はこのときもう頭がどうかしてたのよ。」

彼女は、テーブル越しに俺の手に自分のを重ねた。冷たい印象を抱かせる細い指は、思いのほか温かかった。

「貴方のお父様が追っている犯人は、貴方が思うとおり、まだ生きているわ。今は日本で…そうね、“悪魔”と言えば貴方にも解り安いでしょう…悪魔の手先として残虐非道の限りを尽くしている。」
そして、俺の目を見ずに、またコーラをつついて聞いた。
「日本に来て?」
答えなかった。答えるべきなのかも解らなかったし、第一答えが出なかった。
「貴方なら、聖なる武器を得ることも、戦いを生き延びて犯人に止めをさすこともできるはずよ。」
彼女の手は相変わらず暖かくて、俺は相変わらず黙っていた。空っぽのグラスをきつく握ったまま、テーブルの上のなんでもない染みを、じっと見つめていた。
「その・・・戦いに参加するには、16の子と結婚しなきゃならないってのか・・・。」
「ええ、早いにこしたことはないもの。その子たちは今14歳と15歳。一人はあと1年で16になる。居場所は…敵にも見方にも明かされていないわ。そのほうが見つかって殺される可能性が低いから。」
彼女はよどみなく答えた。その手を振りほどいて、俺は立ち上がった。
「あんた、さっき俺の親父がいかれてるって言ったな。」
そして、テーブルの上に金を置いて、ドアに向かった。
「あんたらもそうとうだぜ。」
そして、店を出た。


いつの間にか降り始めた霧雨は、地面に届く前にネオンの明かりをまとっていた。黒いアスファルトは出来の悪い鏡のように、色とりどりの明かりを反射している。

…今夜は月も出ないだろう。

そう思って、薬を飲むのはやめた。湿った靴音がひと気のない路地にこだまする。
「待って!」
かまわずに歩き続けた。
「待ってよ!ねえ!」
腕を掴んで引きとめられて、ようやく振り返った。そこには、息を切らしてもいないくせに苦しげな女がいた。
「…貴方にはわからないでしょうね…私が、いいえ、私たちがどんな思いで貴方に頼んでいるか…。」
女の顔には、初めて見る挑戦的な眼差しがあった。説得するというよりは、脅迫するような凄みを感じさせた。追い詰められた虎、いや、狼が見せるあの目だ。
「私たちは死にかけているわ。あの悪魔たちのせいで、もう今では昔の十分の一も生き残っていない…十分の一よ!!出来るなら…」
彼女の長い髪が、霧雨に濡れて顔に張り付いていた。彼女が頭を振ると、さらに髪の毛が顔にまとわり付いた。
「出来るなら!この苦しみを知っている狗族を選びたかったわよ…他に選択肢があったら、私たちだって…!何にも知らないで、こんな外国でのうのうと暮らしているあんたなんかに頼みたくはないわ!!」
「もう一人いるといっていたろう、ならそいつに任せろ。俺は今だって十分問題を抱えてるんだ、誰が好き好んで悪魔なんかに戦いを挑むかよ!」

彼女は大きく息を吸い込んだ。唇がわなわなと震えている。


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