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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-2--3

「座ってくださいねー」
 玄関も広いがリビングもやたらとだだっ広い。何十畳あるかわからない。だが装飾品はむしろ少なく、インテリアもシンプルに白で統一されている。掃除も行き届いているようで埃はない。清潔感のあるこのリビングは大抵の人間は好感を持つものだろうが、しかし生活に必要なものが過不足なくきちんとあるこのリビングはまる で余計なものの存在を赦さないと言われているようで、酷く落ち着かない。単に他人の家に上がったときの余所余所しさとはまた違う、不可解で不愉快な感覚がある。この部屋が何かに似ている気もするが、それは思い出せない。結びつかない。
「メールが入ってましたあ。お母さん、あと二十分ほどで帰るそうです。そうだ、先生珈琲と紅茶どちらがいいですかぁ?」
「いや、いいよ。お構いなく」
「じゃあ紅茶でいいですねぇ。私もお母さんも珈琲飲まないんで珈琲ないんですよぉ」
「いやお前人の話聞け。それから珈琲ないならわざわざ何で訊く」
「いやいや、先生が飲むなら買ってこようかなあって思ったんですけど。でも先生頓着ないようなので、なら家にあるやつで良いかなあって。でも良かったです、ここらへんコンビニがないんで買い物も大変なんですよー」
「…はあ、なるほど」
 神栖には神栖なりに色々考えてはいるらしいが、思考のリズムが人と違うのか、酷く言動が掴みにくい。けれど、それは不可解さではなく愛嬌として神栖独特のほんわかした雰囲気が形成されている。突っ込みどころが多過ぎる言動は、所謂天然と呼ばれる概念でもって大抵の場合許容される。それは彼女のいいところなのだろう 。
「ありゃあ」
「どうした?」
「ポットにお湯がありませんねぇ。これじゃあ紅茶煎れられません……」
 どんよりとこの世の終わりみたいに沈み込む神栖は、本当に悲しそうだ。
「……いや、そんなに落ち込まなくていいから。うん。水でいいよ」
「あ、そうですかぁ?」
 あっけなく笑顔を取り戻された。むしろこっちがあっけにとられている間に神栖はリビングを出て行った。やることがないのでとりあえずソファに座ってみる。
(うわ、すげぇふかふか)
 ゆったりとしたソファは座るだけで疲れを癒してくれる気がする。なんだこれ俺んち座布団しかないのに経済格差は日本を確実に蝕んでいるこんな未来じゃ憂いに満ちているなあと句読点を無視してぶつぶつ心の中で生徒には絶対聞かせられない愚痴を呟いていたら、神栖が戻ってきた。グラス二つを持っている。
「どうぞー。水道水ですけど、普通に美味しいと思いますー」
「え? ミネラルウォーター買わないのか?」
「買いますけど。キッチンにあるから、取りにいけないんですよねぇ」
「なんで? キッチンに鍵でもついてるの?」
「まさかぁ」
 あはははと笑い飛ばす神栖の顔はどこかぎこちなく見える。気のせいだろうか。
 と、どこからかピアノの旋律が流れていることに気付く。
「あれ? ピアノ?」
「あ、お母さんですねぇ」
 カバンからケータイを取り出す神栖を見て、そこでようやくこのピアノはケータイから流れていることに気付く。へえ、と感心した。
「最近のケータイの着うたって凄いよな。本当のピアノかと思ったよ」
 すると神栖は嬉しそうに、
「このケータイ、お母さんの系列子会社が開発したんですよぉ」
「…………」
 なんというか、スケールが違うなあと微妙に距離を感じた。


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