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『ショート プログラム』
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『ショート プログラム』-4

《病院》

 足の骨を折ったので、暫くの間入院することになった。
 僕は生まれてこのかた大きな病気などすることも無かったし、怪我もするにはしたが入院するほどのものなどはなかった(しかし救急車に乗ったことは二度ある)。
 僕は病院という空間に何一つ親近感を感じることが出来ず、勿論入院生活に馴染むことなどできない。
 僕が病院について考える時、まず思い出されるのは、おまけつきのお菓子のことだ。
 何かのキャラクターだかをかたどった小さな人形がついてくる、むしろそっちがメインといわんばかりの、ラムネだかチョコボールだかのお菓子。何故ならそれが僕と、僕の病院についての思い出を繋ぎとめるためのキーアイテムだからだ。
 僕が一番深く病院というものに関わったのは、まだ僕が小学生になりたてのころのことだ。入院している祖母によく見舞いにいったこと。
 祖母は癌で、もうほぼ助からないことが分かっているというような状況だった。
 今であれば、ホスピスなどに移っているところだろうが、当時はまだそんな気の利いた施設はなかった。あるいは、当時にもそれはあったのかもしれないが(記憶が曖昧だ。なにしろ二十年近くも前のことなのだから)、でもとにかく祖母は一般の病室にいた。
 母親に、祖母の見舞いに行くと言われたとき、僕は決まって嫌がっていたと思う。多分それをなだめるためにだろう、母親はいつも例のおまけつきのお菓子を買ってくれた。
 僕は祖母の病室に入るのが恐かった。病院に入ることすら恐かった。多分それは、匂いのせいだった。
 子どもだったからだろう。
 子どもだったから、いろいろな匂いに敏感すぎた。病の匂い、傷の匂い、不完全な消毒の匂い、倦怠の匂い、緊張の匂い、退廃の匂い、それから、死の匂い。
 古い病院では、それらが混然となって、独特の「病院の匂い」を作り出していた。お菓子のおまけを握り締めて、なんとか僕はそれに耐えていたように思う。
 今でも僕はコンビニなどでおまけつきのお菓子を見ると、その匂いをかすかに思い出す。
 しかし、今僕が居るこの病院は、そんな匂いなど感じさせない。潔癖な消毒液の匂いが、すべてを包み込んで、僕らの目の届かない場所へそれを捨ててくる。
 大人になり退化した僕の感覚では、微かに残された仄かな死の匂いを嗅ぎ取ることはできない。

 清潔なシーツの上に寝転びながら、僕は考える。
 人が成長するということは、色々なことに鈍感になっていくことである。と。
 世界が進歩するということは、色々なことを隠したり無くしたりしてくことである。と。
 ここは大きな病院だ、今夜も誰かが死んでいるだろう。けれど僕はそれに気付くことはなく、退屈だと思いながら窓の外を眺める。看護師の笑顔は明るく、僕はそれが本物の笑顔ではないかもしれないことを疑わない。
「退屈で、死にそうだ。」
と、僕が言った台詞には、全く重みもリアリティもない。
 リアルな死が、ほんの何十メートルかくらいの位置で起こっているのに。
 仕方ない。
 僕はこの部屋の中くらいしか見渡せないし、ベッドの周りにあるものくらいにしか触れない。
 ああ。
 早く足がよくなればいいのに。
 そうしたら、歩き回って色々なものを見てやろう。


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