投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

雨音、夜の誘い
【その他 恋愛小説】

雨音、夜の誘いの最初へ 雨音、夜の誘い 0 雨音、夜の誘い 2 雨音、夜の誘いの最後へ

雨音、夜の誘い-1

――昔の恋は、いつも美化された状態で思い起こされるから、心に凍みる。
そして思い出はいつも断片的に瞼の奥に湧いて出て、そこにつながりはない。



夜の帳とともにやってきた雨雲はしとしととやわらかな雨を降らす。
なぜ、悲しみは夜に最も増すのだろう。
日中はわりと平気なのに、夜はベッドに入った途端に楽しかったことや幸福な思い出がじんわりと心を侵していく。
ともすれば泣き出してしまいそうになるほど、それらは影響力の大きな思い出たちばかりだ。
ベランダのアルミ柵にあたる雨音を網戸越しに聞きながら、そっと目を閉じる。
耳をすませば、雨音にかき消されていた彼の寝息が聞こえてくる。
掛布団からは、彼のつけている香水の香りが、ほんの少しきこえた。


引きずっているわけではない、と思っている。

こうして自分の隣に眠る彼の横顔をみれば、幸福感や愛しさに心が満たされるし、昔の思い出は不思議とすうっと消えていく。
ただ、そうして消えていく思い出の中にも少しだけ引っ掛かって残ってしまう部分があるのだ。

『花奈がいないとだめだ』

最後の電話でそう言った浩介の、弱々しいあの声がまだ耳に残っている。
あの日からもう随分と日が経つのに。

『花奈が戻ってこないなら、俺は、花奈のメモリ全部消すから。だから花奈も俺のを消して?そうじゃないと俺絶対お前に迷惑かけるから』

だけど私は結局浩介のメモリを消していない、消せなかった。
そのときはすでに私は今の彼と付き合っていて、浩介にやり直したいと言われても心は全く揺れなかったけれど、どこかで繋がっていたい、というのが本心だった。
だって浩介は本当に大切な人だったから。

『俺こんなに誰かのこと守りたいとか大切だとか、好きとか思ったのは花奈が初めてだな』

それは私も同じだった。
普段は滅多にそんなことを口にしない浩介の、ちょっとはにかんだ笑顔と、照れ隠しなのか自分の額を掌でおさえたあの姿は、今も鮮明に覚えている。
でも、じゃあどうして私を手放したの、とも思う。

『俺のことほったらかしにしてたからだろ』

あの日、浩介は目も合わせずにそう言った。
私の大学受験も終りかけの頃だった。
私が毎日机に向かっていた間に浩介は私との「約束」を破っていた。
「約束」を破ったという事実そのものが悲しく、受験をあまり応援してもらえていなかったということも耐えがたくて、責めた私を浩介は責め返した。

『これから遠恋になるのに、こんなに近くにいてお互い大切にし合えないなら、俺はもう花奈とやってく自信ないよ』

浩介。
あなたはそう言って私の側から離れていった。


雨音、夜の誘いの最初へ 雨音、夜の誘い 0 雨音、夜の誘い 2 雨音、夜の誘いの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前