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神の棲む森
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神の棲む森-8

「久しぶりだな、お兄さん。無事だったかい?」
そう言って、運転手はドアを開けた。電話を掛けてから三十分ほどの時間が経過していた。
「やっぱり、お兄さんは今までの客とは違うと思ってたよ」
何が嬉しいのか、上機嫌に運転手は話を進める。
「よく帰ってこれたな」
「えぇ、よく帰って来れましたよ」
「迷ったかい?」
「そうですね、迷いましたよ」
「森の中をずっと一人で?」
「人に会いました」
「えぇ?人がいたのかい?」
驚いて運転手はこっちを向いた。いくら山道だからといって、よそ見をしていいわけがない。
「その人は?」
「彼らはそこの住人です。そこから出ることはないでしょう」
「よく分からんな」
「そうですね。よく分かりません」
車が、僕を見知った街へと運んでいく。
「それで」その風景を愉しむ僕に、運転手は尋ねる。
「答えはあったのかい?」
運転手は、前を向いたままだった。
だから僕も前を向いたまま答えた。
「はい。ありました」
それは足元に転がっていた。
それに気付くために、世界を越えて、喪失に暮れる父に会った。
『もう何も失いたくない』と彼は言った。
そして僕は何も失ってはいない。
ただ、それだけのことだと思った。
ただ、それだけのことを、僕は幸せに感じるべきだと思った。
失くしてから気付くには、あまりにも大きな代償だ。
答えは、そう。
すぐ傍にあったんだ。
「そうか、それは良かったな」
神の棲む森は、多くの人を飲み込んでいったという。そしてそこから吐き出された僕は、だからやるべきことが、この世界にあるということなのだろう。
僕の居場所は、ここにある。
いや、僕の居場所は、ここにしかない。
この世界は、無限の可能性から選び出した、僕の庭。
別の世界の僕が、今の僕を嫉妬するような人生を。

家に着き、僕は玄関を開けた。
「ただいま」
その声は、透き通るように家に染みた。
「俊一、どこに行っていたの?」
母親が、心配そうに駆け寄ってきた。その顔を見ると、何故か僕はほっとして気が抜ける。
ガタガタと、二階から親父が降りてくる。
「外泊するときは、家族に声を掛けろ。母さんが随分心配していたぞ」
怒鳴り声に似合わず、親父は笑みを浮かべていた。
「ごめん、ちょっと遠くに行ってた」
僕には僕の、家族がある。
そんな当たり前のこと。
僕は何に不満を感じ、何から逃げようとしていたのだろう。
「父さん、これ」
その当たり前を失くした人から、失くしていない人へ。
本来なら決して渡ることのない書類が、タスキのように繋がる。
「何だ?私にか?」
「あぁ、預かってきた」
「誰から?」
僕は何も言わずに、頬を緩ませた。親父は怪訝な表情を見せながら受け取った。
「さて、ご飯にしますか」
母親は言った。久しぶりの家族そろっての食事。今にも崩れそうな信頼関係から成る僕らだ。きっと何処か白々しい会話が行き交うだろう。
けれど。
別世界の親父の悲しげな表情が浮かぶ。
けれどそれすら出来ない人は、何を思うのか。
僕には分からない。
一人にならなければ、きっと分からない。
一人になってしまったら、もう戻れない。
歪な関係を、僕らは修復できるだろうか。
『命も、絆も、未来も、自身も。かつては在ったモノだ。だからきっとまた創れる』
頑として放ったその言葉に、僕は頷く。
そう、きっとまた創れる。
僕が創る。
輝く未来を創造するのは、自身。
「ただいま」
僕はもう一度繰り返した。

Epilogue-1(kanichionthisworld)
修一から受け取った書類を、寛一は徹夜で読み耽った。彼には、いや誰にもにわかには信じがたい事実だった。物理を嗜む者だからこそ、説明できない部分に目が行く。けれど、この筆跡は確かに自分のそれであり、世界間の飛び移りに対する解析は、彼特有の方法を用いたものであることに疑いの余地は無かった。
「ふぅ」
半日ぶりに机から離れ、寛一は体を伸ばす。ふいに机上の写真に目が移る。便箋にあるように、それは多分家族で写した唯一の思い出。
私は変わってしまったのだろうか。
自室を出て、居間に向かった。そして君江の姿を探す。
私は変われるのだろうか。
ソファにひとり佇むその後ろ姿に、自分の過ちを知る。置き去りにした最愛の人。そう、失くしてからでは遅すぎる。
「母さん」
「何?」
私はまだ、人の愛し方を覚えているだろうか。
「カメラ、どこに仕舞ったかな」


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