飃の啼く…第１０章-4
「いやあ、親父殿はいい男でおられた！」
飃の声は、いつもより少し大きい。私は、いつの間にか覚えた方法で「熱燗」を作ったり、つまみを用意するのに奔走している。まあ、お酒の力無しでこういう会話に加わるのは苦手だし、私が飲もうとするのを飃が断固として許可しないので仕方ない。
１７歳でつまみ作りをマスター…一瞬、着物姿でカウンターに立ち、妖怪相手の居酒屋を切り盛りする自分の姿が浮かんで、あわてて取り消した。
「こうなったら、澱み共を片っ端からブチ殺して、親父のところに送ってやらあ！」
「そうとも！お前が親父さんの無念を晴らさねば、だれがやると言うのだ！」
「親父っ！オレは殺るぞっ！ろくでなし兄貴や姉ちゃんの分まで！」
元気が出た夕雷の姿に頬笑みながら、内心、この穏やかで無い会話がお隣さんに聞こえていませんようにと必死で願っていたことは秘密だ。
「眠っちゃった？」
夕雷は、机に突っ伏してすやすやと寝息を立てている。
「ああ…よほど疲れているのだろう。寝かせてやろう。」
彼は夕雷をそっと持ち上げて、ベッドの上に横たえてやった。
―翌朝。
昨日の酒のお陰で、7時を過ぎてもまだ気持ちよさそうに眠っていた二人は、わたしが用意した朝食の匂いに起こされた。
「おっはよ！」
先に目を覚ましたのは夕雷だった。
「おう…。」
頭をぼりぼりかきながら、大きなあくびをする。上下のあごにびっしり並んだ鋭い牙は、改めて彼が獣であることを思い知らせた。私の感覚もとうとうずれてきたのかもしれない…。
「その鎌、外さないんだね。」
「こいつはおれの分身でな…一秒だって離したことはねえ…鎌鼬の鎌は、一人ひとり違う。この鎌はオレだけの相棒なんだ。」
そう言って、皮の鞘に包まれた大きな鎌を撫でた。
――唐突に―
「さくら！」
飃が物々しい形相でこちらに来る。同時に、私の背中を駆け下りる悪寒。
はっと気づく。