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僕に重要だったのは勉強よりも九月頭の文化祭だった。模擬店の計画や合唱コンクールの練習など、だるい等の理由でサボる人間を尻目に僕は皆勤賞を樹立した。
準備がいつまでも続けばよかったと思う。僕は模擬店のミーティングで毎日彼女と顔を合わせることができた。普段よりも饒舌な僕は彼女に不審に映ったかもしれない。そんなことは考える暇などなかった。ただ、傍にいることが嬉しかったから。
そんな僕の願いも空しく、高校生活最後の夏休みも終わり、すぐに文化祭当日がやってきた。
初日に市内のホールを貸し切りで行われた合唱コンクールでは、大本命と言われた隣のクラスを下し、僕たちのクラスが優勝した。後日談だが、それは薄氷の差だったらしい。
発表の瞬間に、僕たちは沸いた。人間は自分の積み上げてきたことが実ったときに喜びを感じるものだ。
受賞式を終え、教室に戻ると、クラスでの役回り上、僕はテンションが上がり切ったみんなから手荒く祝福を受けた。別に僕はとりわけ重要なポジションをこなしたわけではない。
みんなの拳をすんでのところで避けながら、辺りを見回すとそんな僕を、笑って見つめる彼女がいた。あの偽りの笑顔ではない。声を上げて僕の方を見て屈託なく笑っている。あの近寄り難い優等生ではない。今まで見たことがない、幼い彼女。僕はその自然過ぎる笑顔に一瞬見惚れ、側頭部に一撃を食らった。
僕はその瞬間に、自分の中に今までとは、違う何かが芽生えたのを悟った。


前述で僕はある私大に合格したと言ったが、実はまだ決定はしていない。担任に丸め込められて受験した下位ランクの国立大学の合格発表は一週間後。しかし、もはや結果は見えている。言うまでもない。桜は、散るだろう。
彼女が受験したのは僕の偏差値より二回りも上の難関国立大学の法学部。しかもセンター試験終了時でA判定が出ていたらしい。驚きはしなかったけど。
窓の外でははらはらと粉雪が降り始めた。鈍色の空から舞い降りるそれはどこか遠慮がちで頼りなさげだった。名残雪、と言ったところだろうか。昔流行った曲の様に、雪をここで見るのは、もうこれで最後かもしれない。薄弱な白い蛍を眺めながら、そんな感傷的な気分になる自分が少し可笑しかった。
ガラリ、という音と共に教室の前側の戸が開かれ、担任の姿を現した。最後の、ホームルームが始まる。
担任はいつもと変わらない口調で話すが、教室の後ろの戸の近くにいた副担任の女教師の瞳は潤んでいた。当たり障りのない話が終わり、配布物を配り終えると、担任が生徒一人一人に卒業証書を渡し始めた。受け取るときに何か言われたと思うが、思い出せない。
最後まで配り終えると、教室でみんなで記念撮影をしようという話になった。割と目立ちたがり屋な僕は友人と肩を組みつつ、最前列の中央に陣取った。
そして、ふと何気なく左に目をやる。
一瞬、呼吸が止まる。比喩ではない。
すっと通った鼻筋。薄く整えられた眉。緩やかなカーブを描く薄桃色の唇。
彼女の、端正な顔がそこにはあった。あれほどあった距離が、その瞬間はほぼゼロになる。
彼女の横顔に見惚れていたのはどれくらいであっただろうか。カメラを構えた隣のクラスの女子生徒の声で現実に引き戻される。
女子生徒がシャッターを切る。
その刹那の時間が過ぎ去ると、また僕と彼女の距離は広がってしまった。そう、途方もなく、長い、長い距離が──


二ヶ月後。
ようやく新生活に慣れ、地方の言葉も操れるようになってきた頃、一通の手紙が僕の元に届いた。差出人はあの卒業式の日、記念撮影をしようと言い出した僕の友人の一人。封筒には簡単な手紙と、一枚の写真が同封されていた。
写真にはあの頃のままの僕たちが写し出されていた。
文化祭を境に彼女は変わっていった。笑顔に柔らかさが出てきたのである。僕はそれでいいと思うと同時にどんな心境の変化があったのかが気掛かりだった。しかし一方で知らなくてもいいのかもしれないとも思っていた。
それに結局、彼女が感じていたものを知ることはできなかった。
けれど、写真の中では確かに彼女は僕の隣で笑っている。屈託のない、あの笑顔で──


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