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サクラ散って
【その他 恋愛小説】

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サクラ散って-1

アルコールを手に、夜桜を見上げる。緩やかな風に揺れて、鮮やかなピンクがサラサラと流れている。
「鑑くん、何やってるの?みんなあっちで盛り上がってるよ」
会社の同僚でOLの北村さんが顔を紅くしながら近づいてくる。
「随分酔っちゃったからね。風に当たってた」
「ふぅん」
花びらがひとつ、手にしたコップに舞い落ちた。小さな波紋が広がった。
「鑑くん、今日は元気ないね。何かあったの?」
波紋が消えた後も、僕は日本酒の透明を見つめていた。そこに映っているのは、あの頃の僕ではないような気がした。
「桜ってさぁ。何ですぐに散っちゃうんだろうね」
「うぅん・・・」
北村さんは腕を組んで考える仕草を作った。けれどアルコールのまわった頭には何も浮かんでこないのだろう。彼女は、そのまま桜の木に背を預けるようにして眠ってしまった。目を閉じた彼女の上に、はらはらと積もる綺麗な残骸。
品種改良の技術が進んでいるのだから、もっと長く咲き続ける桜があってもいいと思うのだが。
ハハハ
あちこちで笑い声が響いている。
僕はもう一度、桜を見上げた。
鮮やかに、鮮やかに。
僕らはあの頃、鮮やかに、恋をしていた。


「散らない桜ってあると思う?」
いつもの学校の帰り道、桜並木を通りながら、彼女は言った。
「無いでしょ。花ってのはみんな、散るものだよ」
「鑑くんはひどく現実主義者なのね」
風が凪いで、花びらが落ちる。それに合わせるように、彼女はくるりと身を翻す。なんて綺麗なんだろう、僕は思う。
「私と同じ名前の花なんだから、もっとロマンチックな返しがあっても良いんじゃない?」
くすり、と笑う。
「何て言って欲しいの?」
僕はニヤニヤしながら答える。
「・・・知らない」
機嫌を悪くしたのか、彼女はひとり桜並木を走りぬけていった。
そうさ、花はみんな散るものだよ。
花びらを分けて遠ざかる、その姿を見守りながら心のうちで呟く。
けれど、ねぇ、サクラ。
君は、ずっと咲き続けているよ。
これから先もずっと。
色鮮やかな花を、その身に。
僕の歩く道の上に。
添え続けてくれないか。


いくつもの季節を駆けぬけて、僕らは大人になって。
いくつもの桜が花を咲かせ、散り、また咲いて。
そうして繰り返される周期のなかに、いつの間にかサクラの姿は消えていた。
それぞれが違う将来を見据え、僕は街を離れて働き口を見つけ、彼女は外国に留学した。数年後、実家に帰ると、桜並木のあった場所には新しく店が立ち並んでいた。僕は何とも言えない気持ちになった。
毎日のように、一緒に通った桜並木。
一年のうちの数週間だけ、自分の存在を誇張する、その花。
『散らない桜ってあると思う?』
あるよ。
それは、僕のなかにあるよ。
もう決して歩くことのできない、色鮮やかな日々。
サクラ、
今、きみがいる場所には僕と一緒に見た花があるのだろうか。
そしてそれを目にして、君は僕を思い出してくれるのだろうか。
きっと思い出してくれるだろう。
僕のように。
君と僕は、あのサクラ並木をいつまでも歩き続けているのだろう。


サアァ
ひときわ強い風が吹いて、僕はひとつ身震いをした。公園の賑わいは衰えることを知らない。星の張り付いた空を仰ぐ。
月の光は、どこまでも深く明日を照らす。
サクラは一体どこに行ったのだろう。
胸のなかを探す。
すぐに満開の笑み。
そう、春は永久に。
「鑑くん。やっぱり桜は散ってしまうものよ」
振り向くと、北村さんが、背を気に預けたそのままの体勢で言った。
「それは綺麗であるために、散るのよ」
どんなに人の心を惹きつけても、それが存在し続ければ、特別ではなくなってしまうのかもしれない。
「そうかもしれないね」
僕は言った。
頭上には、誇らしげに、桜。
それは確かに、散るからこそ。
けれど、
僕は目を閉じた。
けれど散らない花だってある。
いつまでも特別で、すこし儚い。
永遠の、サクラ。


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