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約束の丘
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約束の丘-2

――― それは開戦間近の時代。
悲しくもひとつの男女が恋に落ちた。それは禁じられた恋だと知っていた。なぜなら治まることのない火の粉が世界を覆い、すべてを焼き尽くす時代だったからだ。けれど彼らは結婚の約束さえした。何かに抗うように、二人は二人だけの時間を過ごした。
「おばぁちゃん、戦争ってどんなものなの?」
戦争 ――― 教科書の中でしか見ることの出来ない単語を、青年は理解できなかった。
「戦争はねぇ、魔物だね。どんな思いも一口に飲み込んでしまう魔物だよ。あの時代の空は赤かったんだ。分かるかい?繰り返される空襲で、陸だけでなく空さえも赤く染まってしまったのさ。私たちは外に出ることも命がけで、いつだって震えていたさ」
「明日の命の保証もなかった?」
青年の言葉に、老婆は首を振った。
「違うね。明日のことなんて考えられなかった。今、どう生き延びるか。それだけで精一杯だったんだ。それなのにその二人は、ずっと先の結婚の約束をしていたんだ」
「それくらい真剣だったんだね」
老婆は頷いた。そして話を続けた。
けれど戦争という時代は、やはり二人の強固な想いさえ簡単に引き裂いてしまう。男は徴兵されてしまう。そして後に敵地の最前列へと送り込まれる。それは死と同意だった。
紅く燃える空の下、大木の立つ丘の上。
二人は最後の抱擁を交わす。
男には、逃れられぬ死の嵐。
女には、逃れなければならない火の海。
両者が無事に生き長らえることは、きっと不可能なのだろう。だから男は言った。
「お前は、お前の幸せを見つけろ。もし戦争が終わり、それでも生きていられたのなら、結婚をし、子を産み、育て、幸せの中に生きるんだ。それくらいの自由が許されたって良いだろう、俺たちは十分に苦しんだ」
抱き合う力は、一層強くなる。
「それじゃあ、あなたは?」
村には警報が鳴り響いている。二人以外に人影は無く。やがて迫り来る、絶対的な死の予感。男の胸には、一体どんな思いが渦巻いているのか、女には分からない。誰にも分からない。
「俺は、そうだな。そんなお前の人生を思い描くことにしよう」
男は、とても満足げな声で、そう告げる。
「それ・・じゃあ・・あまりに・・も」
嗚咽と共に女は言う。報われない、と。
一体私たちが何をしたというのだろう。
濃密な赤のなかを、いくつもの機影が裂いていく。
アレはどうして世界を傷つけるのか。
自身を壊すことに、どうして気付かないのだろうか。
狂っている、と女は思う。
そう、きっと狂っている。世界そのものが狂っているのだから、人も狂わずにはいられない。だから戦争という枠組みの中では、それこそが正義なのだろう。
「あなたがいなければ、きっと私の人生にはもう何も無い」
男は女の耳元に優しく呟いた。
――― 生きろ
静かに。
残酷に。
死に逝くものの言葉が、胸の奥に響いた。


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