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絶対零度の世界
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絶対零度の世界-5

彼女の存在は、一つのピースに過ぎなかった。僕というパズルを作り上げるときに必要な、何千というピースのひとつに過ぎなかった。そう思っていた。けれど。
めったに鳴らない僕の携帯の着信音が講義中に響き渡り、僕は慌てて教室を飛び出した。
そしてその内容を耳にした途端、僕は慌てて校内を飛び出した。
それは何の変哲もない、ただの交通事故だったという。
トラックの運転手は、まだ青から黄色に変わる瞬間だったと証言した。
苺の友達は、確かに青に変わった後に横断したと証言した。
どちらが正しいとしても、もう起きてしまった事実を変えることは出来ない。
苺は、重態だった。
病院には苺の両親がいた。泣いていた。
僕は状況が把握できていなかった。頭はひどく混乱し、何も理解できなかった。どうして昨日まで一緒だった彼女が、手術室に運ばれなければいけないのか。
自分の唾液が、やけに喉にからみつく。
嫌な予感が消えない。
結局、こうなのか?
手術中の赤いランプを見ながら思う。
苺、お前までも僕の前から姿を消してしまうのか?
僕はまだ分からない。
感情とは何だ?
ほら、苺。お前が苦しんでいるというのに、僕は涙ひとつ流せない。
『あなたは誰も愛せない』
『きっと感じるようになる。愛は感じるものよ』
『私たちは体温が違いすぎたのよ』
『それはね、冷たいって事じゃない』
言葉の破片が浮かんでは消える。
何が正しいのか
『慰めるほど傷ついてないだろ』
『自分の気持ちに、いつかきっと気付く』
どの投げ掛けを受け止めるのか。
ガラ
手術室のドアから医師が出てくる。
何を言う?
カレハ、ナニヲイウ?
医師の口元が動いた。


――― 好き
声が聞こえた。
いつか言った彼女の声。
――― やっぱり好きなの
感じた。
急に、ストンと胸の奥に落ちてきた。
彼女の気持ち。
そして僕の気持ち。
確かに感じた。
苦しいくらいに締め付けた。
途端、涙が伝った。

こぼれた、それは愛だった。

止め処なく溢れた、それは僕の追い求めたものだった。
苺は、全てだ。
分かった。
僕は分かった。
苺は、僕の世界そのものだ。
人が人に寄り添うことに理由なんて無かった。
今まで否定してきたものが、サラサラと流れ落ちていく。
その先に、新たな世界が広がっていた。
僕は苺を愛している、ひとりの人間だった。
気付くのに、二十一年の歳月と多くの人とのすれ違いと、一人の女性との出会いを必要とした。それは途方も無く長く。けれどやはり必要な時間だった。
今なら言えるよ、苺。
僕は、君を愛している。
心の底から、君を愛している。
これからもずっと、君を愛している。
だから君も、僕を想い続けてくれないか。

「残念ですが、力が足りませんでした」
僕を絶対零度の世界から救ってくれたのは、愛した彼女の最後のチカラだった。

聞こえるかい?
苺、僕は君を愛しているよ。
何度でも言うよ。
僕は、君を、愛している。
これからも、ずっと。
ずっと愛している。


絶対零度の世界 end


あとがき
時々、自分はなんて冷めた人間なのかと考えることがある。
楽しい場所にいるときほど、まるでもう一人の自分が、その状況を冷静な目で俯瞰しているような錯覚を覚える。
この物語の主人公は、もう一人の私なのかもしれない。
読者のなかにも、そんな考えを持った人がもしいたとしたら、貴方がいつかこの物語のような出会いを見つけられることを望む。
私はハッピーエンドを好まない。
BBSにも何度かこのような書き込みをした。
けれど勘違いしないで欲しい。
この結末は、私が考えうる最大限のハッピーエンドである。


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