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お蓮昔語り
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お蓮昔語り〜其の三『血』〜-3

「―――お蓮さん」
「はっはいっ!?」
あ、思わず上ずってしまった。
「――プッ、ククク…」
あ、笑ってるし。
そういえば、この方って火事場でも大口開けて笑っていたんだった。
「…なんでしょうか?小泉様」
少しだけむくれてみた。
そんな私の様子を見て、更に彼は笑いが止まらないといったところ。
なんだか失礼な。
でも。
黙っていると涼しいお顔をされているのに、笑うと途端に人懐こい表情になるのね、小泉様。
そういえば私、あの火事の最中でもこの人の笑顔でどこか安心できたんだったっけ。
壬生狼といえば、人斬り稼業が当然の荒くれ連中ばかりだと思っていたのだけれど。
この人の周囲は、空気がとても柔らかい。
…不思議な人…。

「―――昔から、変わりませんね。その膨れっ面も、笑った顔も」
「えっ?」
突然に、彼は何言かを呟いたのだけれど。
「ごめんなさい。考え事をしていて、よく聞こえな…」
「いえ、何でも。さて、いろいろ聞きたいことがあるでしょう?何から話を始めましょうか」
さらりとかわして、いたずらっ子のような笑顔を見せた。

そうして、彼は時間を掛けてゆっくりと、私の持つ全ての疑問と質問に答えを返してくれて。
粗方の話が終わって気が付いた時には、すでに格子窓の向こうの景色は夕暮れから宵の闇へと、その姿を変えてしまっていた頃だった。

予想通り、この小泉淳之介という新選組隊士が火事場から私を助け出してくれて、挙句に気を失った私を火の回らなかったこの地まで運んでくれたこと。
屯所に連れ帰るわけにもいかないから、以前から懇意にしていたお瀧さんに私を預けて、目を覚ますまでの間の世話を頼んでいたこと。
加えて、猛火の犠牲となった叔父と叔母の弔いは、二人が商いをしていたお店の隣近所の方たちと一緒に、手厚く葬ってくださったとのこと―――。

『全てにおいて、勝手なことをしてしまって本当に申し訳ない。この先、あなたの身の振り方で望むことがあるのなら、微力ながら私が手伝いますから』
彼が、長い話の最後に告げたのはこの言葉だった。
…何の文句が言えようか。
あの時、炎を目の前にした私をこの方が見つけてくれなかったら、今頃、私はこの世にいないというのに。
「小泉様」
「…なんでしょうか」
見つめていた茶碗から顔を上げて、彼の視線は真っ直ぐに私を捉える。
知らず、私の頬には流れる涙。

たとえ、この人が人斬りだったとしても。
生かされた命がここにある。
確かに、私は生きている。

「ありがとうございました」

深く深く、頭を下げた。
精一杯の感謝の思いで。
その途端、聞こえてきたのは安堵のため息。
そして。
「…良かった」
ややあってから届いたその声。
顔を上げたら、視線の先には満面の笑みが零れていた。
(…………)
何故だろう。
胸が苦しいような、どこか、懐かしい思いが込み上げる。
(…同じ名字だからかしら?)
そんな訳はない。
思わず浮かんだ自分の答えに、我ながら苦笑した。

「お蓮さん?どうかしましたか?」
「あ…いいえ。ただ、実は私の苗字も小泉様と同じなもので。申し遅れましたが、私は小泉蓮と申します。これも何かの御縁でしょうか」
そういえば、小泉様の年の功は兄と同じくらいか。
今は行方も知れない、血の繋がらない兄と。


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