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秘中花
【幼馴染 官能小説】

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秘中花〜堰花〜-10

俺には能しかない。
寝ても覚めても能に明け暮れ、この五臓六腑までも染み渡っている。
まるで誂えたかのように、手足の爪先までもが舞型で象られている。
廊下で誰かとすれ違えば、正座して挨拶するような世界だとしても。
―――今や生活と一体だ。一部ではなく。
能家系に生まれ、伝統に生き、後世に還る。
宿命に縛られている訳じゃない。
すべては俺の意思で。


絶望はしても、何かを、誰かを恨んだことはない。


「亜蓮が好き」
それだけで強くなれる。
少しでも想いを長引かせたくて「いつか」を餌にして、君に約束を与えた。
それは甘い束縛。ひどく傲慢。だけど切実。
ねえ、凛子。
君が思っているよりも、俺は弱い。そして狭量者なんだ。
この胸奥の重さに、独りでは頑張れそうにもない。
「亜蓮は、私のものなの…」
だから先の見えない約束をまた、更新するよ。そのまま真っすぐに愛して。
「うん、いつかね…」


夜のしじまをかすかに破る気配。
とうに座敷の行灯も消え、布団に包まれながら寝息をもらす亜蓮。凛子を腕にした、その表情は和やかで。
(目が覚めたら、ちょっとお喋りしよう。笑って、…どこかへ行くのもいいな。凛子は春休みだし、仁忍に車を借りて、さ)
これからどうなるのか気にするより、今があればいい。
「…好きだよ」
意識を手放す前に、そっと。
蔵外では冬の名残が舞っている。ちらほらと緩やかに、地上へ落ちるより儚く。


雪がしんしん、溶けてゆく。



溶けてゆく――…。


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