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A STAR
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A STAR-2

 それからと言うもの、瑞紀は晴れの日を心待ちにするようになっていた。
 初め親は少し怪訝な面持ちだったが、直ぐに容認するようになった。
 家から川原までそんなに遠くないし、川原と言っても星を見るだけならと、理解を示すようになったのだ。


 ある日、瑞紀は明大にこんな事を尋ねた。
「どうして星を見てるの?」
 特に深い意味はなく、ただ単なる興味本意だった。
「俺は見ることよりも、探すのが好きなんだ」
「探す?何を?」
「星さ」
 瑞紀にはイマイチ理解し難い話だ。
「星には『彗星』ってのがあって、まだ名前の付いてない彗星を見つけると、自分の名前を付けられるんだよ」
「え?ホント?」
「うん。恐竜の名前に『フタバスズキリュウ』ってのがあるんだけど、これは化石を発見した人の名前から付けられたんだ」
「へぇ〜…」
「俺は星に自分の名前を付けて、俺が生きていた『証』を残したんだよ」
「何かよくわかんないけど………」
 瑞紀は三角に折り曲げた脚に肘を置き、掌に顎をのせた。
「ま、お前には難しい話だな」
 明大はふてくされたように吐き捨て、再び双眼鏡を手に取った。
 それで会話は終わってしまった。
 瑞紀の心には、何かが引っ掛かったようにスッキリしない物が残っていた。
 しかしそれを言葉にして、また難しい話を聞かされるのもイヤだったので、グッと胸の奥に閉じ込めたのだった。


 そして5月も下旬に入ったある朝、緊急の朝礼が行われた。
「皆さんに悲しいお知らせをしなければなりません」
 いつも陽気な校長は、珍しく神妙な面持ちだった。
「今日の早朝、5年生の栗栖明大君が病院で亡くなりました」
「え…………」
 瑞紀の胸が一瞬にして締めつけられる。
「生徒の皆さんには秘密にしていましたが、彼はもともと心臓が弱く―――」
 ――俺が生きていた『証』を残したいんだよ。
 やっとその真意を、瑞紀は理解できた。
「全校生徒、並びに職員、黙祷」
 校長の声が、静まり返った体育館に響き渡った。

 その日の夜、天体観測をするにはうってつけの天候にもかかわらず、瑞紀は部屋に閉じこもっていた。
 ベッドに倒れ込み、枕を抱え込む。食事など喉を通るわけもなく、ただ得体の知れない心境を宙に漂わせていた。
 何も考えられない、いや、何も考えたくなかった。
 やり場のない感情が彼女を覆っていた。
「瑞紀〜!栗栖君のお母さんが来られたわよ〜!」
 静かな部屋に、微かに瑞紀を呼ぶ声が届く。
「はぁ〜い」
 彼女は重い体を引きずるように部屋を出た。
「………初めまして。瑞紀ですが」
 玄関に立った明大の母親に、瑞紀は軽く会釈をした。
「初めまして、明大の母です。遅くにごめんなさいね」
 黒い喪服を纏った明大の母親は、無理に笑顔を作る。忙しい合間を縫って、わざわざ訪問したのだろう。
 彼女はごそごそと鞄の中に手を入れ、双眼鏡を取り出した。
「明大が、これをあなたにと…」
「………」
 それは紛れもなく、明大が肌身離さず持っていた物だ。
 親としても、形見として手放したくないものであろうその双眼鏡を、明大の最期の願いだからと瑞紀に渡しに来たのだった。
「明大のこと…忘れないであげてね………」
 明大の母親は、瑞紀に双眼鏡を差し出した。
「はい……ありがとっ…ございます………」
 双眼鏡を手渡されたとき、初めて瑞紀の頬を涙が濡らした。




 いつも二人で星を眺めていた場所にそっと花束を添える。
 瑞紀は首から双眼鏡を掛け、その場に腰を下ろした。
 今日は明大の命日だ。
 暗くなった夜空には、たくさんの星が瞬いている。その中で、きっと明大も輝いているのだろう。
「忘れないよ、絶対に」
 瑞紀はポツリと呟いた。

 星になった明大は目には見えなくても、その光は何億光年もの時を経て、いつまでも瑞紀の胸に届き続けるだろう。
 輝かしい思い出たちを乗せて。




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