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追憶
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追憶-1

 果てしなく広がる海を男は見つめた。

 全ての生命の源であり、いつかは戻るべく場処。

〜♪

ゆっくりと、ピアノの鍵盤を押す。鍵盤の象牙色が、男の白く細い指を一層白く、繊細に際立たせた。

 この町に来て初めてピアノに触れた。男は、恋人のように、深く慈しむようにピアノに触れる。

 す、と目を閉じれば、浮かんでくるのはたった一人の少女。別れから十年経った今でも鮮明に思い出す、かつて愛した少女。

ー今頃は、母親になって居るだろうか。
 一度しか抱き締めてやることが出来なかった。ー…たった一度、自分の気持ちに気付いた、その時だけ。

〜♪

ー久しぶりなのだから、弾けるだろうか。

戸惑いながらも、音を連ねる。

ー少女の好きだった曲を。

『トロイメライ』

 少女の為に弾いた、最初の曲。涙の訳も聞かず、ずっとうやむやになっている。

ざーん

波の音が遠くに聞こえた。

 曲が終わり、そっとテラスに下りる。少しキツメの潮の香が花を擽った。

『愛してる』

伝えたかった言葉を風に乗せる。少女ーいや、もう彼女になる。彼女に伝えることができなかった言葉を。

「和馬ー!!」

 不意に男の後ろから女性が入ってきた。
「やっぱり此処にいたんだね」
にっこり笑い、男の側に来ると、右手に持っていた缶を差し出した。
「ピアノ上手ね。今まで一度も弾いてくれたことはなかったけど」
「…あぁ。ふっ切ることが中々出来なかったからな」
「妬けるなぁ。…その人のことまだ好き?」
男の顔を覗き込みながら、女は溜め息をついた。
 その様子に、和馬は微笑む。
「十年も前の話だ。もう、ただの思いでさ」
そっと女を抱き締め、
「今は、…お前だけで良い」
強く握る。
「ふふっ」

    ◇

「さっ、行くか」
立ち上がり、女性の手を掴む。
「うん。…あ、」
何かに気が付いたように女性が呟く。
「どうした?麻衣」
「翔太、忘れてた」
「へっ?母さんのトコに居るんじゃないのか?」
「…違う」
おずおずと和馬を見つめた。

「ったく、」
怒りながらも笑顔で麻衣を見つめた。
「ママがそんなんでいいのかよ」
「パパもね」
すかさず言い返す麻衣を見ながら、叫んだ。
「取り合えず、麻衣っ。翔太を探すぞ!!」

少し赤みのかかった空の下を走り出した。


 過去に生きるのは、もう辞めた。今は大切な家族と共に生きていく。


 空を仰いだ。


『元気ですか?約束は守れそうにないけど、俺は幸せだよ。きっと君も幸せなのだろうね。愛してたよ、…菖』

ーENDー


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