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無名の伝記
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無名の伝記-16

確実に足は玄関の前に向かっていた。やがて目の前で足が止まり、ドアノブに手をかけて開けようとした。

一瞬、空で手が止まったのは気のせいではない。エバンの心は未だ不安定なままだった。意を決してドアノブを掴み、セリカへ続く扉を開けようと引いた瞬間。

ガコンッ!

「へ?」

間の抜けた声が出た。それも無理はないこと、玄関の鍵は予想外にして閉まっていたのだ。

「え?ちょっ…あれ?」

声と同時に手元でガチャガチャと音が鳴る。思いもよらない展開に焦りはじめた頃、中から声がかかった。

「やっと帰ってきたね、ガキんちょ!」

いつもどおりのセリカの声、エバンには一体何が起こっているのか分からなかった。

「何にも言わないで飛び出して、どれだけ心配かけたと思ってんの!」

決して怒鳴るわけでもないのに、セリカの声はエバンを押さえ付けるほどの威力があった。最初は驚いたエバンも絶え間なく続くセリカの小言の中で気付いた。

声だけで怒っているのだと。空っぽの感情で言葉を作っているのだと。

「セリカ。」

「何よ?」

「カインズって人に会った。」

ドア越しにもセリカが息を飲んだのが分かった。エバンはドアに手を当ててみる、すぐ向こうでセリカも同じように手を当てているのが感じられた。

「話をした。…すっげー長い時間、話をした。」

「そう。」

生まれた沈黙は二人が思いふけるには必要な時間だった。いや、むしろ何も考えられず時に身を委ねたかったのかもしれない。

不思議とこの沈黙は心地よかったのかもしれない。

「セリカ。」

「ん?」

「オレ、カインズの養子になるわ。」

それはとてもあっけない報告だった。即決と呼ぶにまさにふさわしい、答えだった。

ドアに当てた手に伝わるぬくもり。隔てても彼女の体温を感じることができた。

やがて天岩戸は開かれる。鍵が外れる音がした後、ゆっくりと扉が開かれた。中にはセリカがいた。

まるで長い間会っていなかったような感覚。しばらくしてセリカがほほ笑み、エバンに思いを伝えた。

「よく決心したね、エバン。おかえり。」

ドアノブを持ったまま、セリカはエバンを中へ招き入れた。つられてエバンも微笑み、そして一歩踏み出した。

「ただいま。」

ゆっくりと扉が閉まる。その扉は別離への入り口にかわった。


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