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銀色雨傘T
【ファンタジー その他小説】

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銀色雨傘W-2

 信号は早くも点滅を始めている。あの少年の姿は、もう咲貴には見分けがつかない。しかし美咲はまっすぐに駆けてゆく。気が付くと、咲貴も走り出していた。人を避けるのが一苦労で、おまけに傘が邪魔をして思うように走れない。歩行者信号を見た。まだ点滅を続けている。青、青、青、青、――赤。美咲は走るのをやめない。何とか彼に追いつかねば。そうしないと――そうしないと、取り返しのつかないことになる。

 次の瞬間思いきり人とぶつかってしまい、咲貴は体勢を崩した。その拍子に傘を落としてしまったが、そんなことには構わない。何とか体勢を立てなおし、美咲を追おうとする。彼との距離は、もうほんの数メートルに縮まっていた。しかし背後から強く肩を引かれ、勢い余って再び転倒しそうになる。咲貴とぶつかった男が肩を掴んでいた。

「このガキ、なに考えてんだ!?」

 男の怒声に構わず、咲貴は前を見る。

 美咲は、雨傘を持ったまま道路に出た。

 咲貴は男の手を振り払い、雨水を跳ね上げながら走り出す。

 一台の車が走り抜けようとするその前方に、美咲は飛び出した。

「美咲っ!!」

 ――兄さん……!

 咲貴が叫ぶのと、美咲の声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。白い雨傘が宙に舞う。咲貴は美咲を追って車道に出ようとし、その寸前で足を滑らせ転倒した。急ブレーキの音。誰かの悲鳴。咲貴は思わず目をつぶった。

「危ないでしょう、気をつけなさい!」

 投げつけられた声に目を開けると、目の前に車が停まっていた。運転席から女が顔を出して、咲貴を睨んでいる。呆然とする咲貴をよそに、女は脱色した髪を煩わしそうに掻きあげると、すぐに車を発進させた。路面には、誰の影もない。

 我に返った咲貴は慌てて立ち上がった。周囲を見回したが、こちらを見ているか或いは視線を逸らす人間がいるばかりだ。美咲の姿はどこにもなく、道路に飛び出した少年を見ていた者もいない。咲貴はあることに気付き、視線を足元に落とした。――銀色の傘が、そこに落ちていた。


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