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ご注文は君で。
【片思い 恋愛小説】

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ご注文は君で。-1

ある意味、これって最高の純愛なのではないだろうか。
だって、上の名前と顔しか知らない彼女に、俺はこんなにも恋い焦がれている。
歳や家柄、そういうものに関係なく。
ただ、その笑顔の虜。
「以上でよろしいですか?」
呉本さん(ネームプレートより)が伝票から視線を上げる。
いい歳して、それだけで鼓動が跳ねた。
平然を装ってタバコに火を点け、頷いてみせる。
「かしこまりした。少々お待ちください」
華奢な背中が、厨房に消えていくのを見送る。
ここは、特に売りのない小さな居酒屋。
一ヶ月前に何となく立ち寄って以来、まんまと常連客に。
もちろん、目的は彼女だ。
いくら会社で仕事ができるだの有名大学出身だのと騒がれていても、所詮ここではただの客。
どうやって彼女に近づけばいいのやら。
必死になってカッコつけた口説き方を考えてみるけれど、どれもピンとこないし実行できる気もしない。
「失礼します」
呉本さんが生ビールをテーブルに置く。
酒や炭火の臭いで充満した店内で、ふっと彼女の甘い香りが鼻を掠めた。
「ぅあっちぃ!!」
動揺のあまり、自分の太腿にタバコを落としてしまった。
彼女は大きな目をさらに大きくして俺を見る。
「だっ、大丈夫ですか?すぐに氷をお持ちします!」
冷静になるとそこまでたいしたことはないのだが、初めて聞く『以上でよろしいですか?』、『かしこまりました』、『失礼します』以外の台詞にぼうっとしてしまった。
氷の詰まったビニール袋を手に、彼女が現れる。
「あ、もうだいじょー…」
俺の言葉に気付かず、彼女はタバコが落ちたあたりに袋を押し付けた。
思わぬ接近に、顔の方がヤケド並に熱くなる。
「痛くないですか?」
「う、うん」
心配そうな横顔に見取れながら、かつてないチャンスが訪れていることに気がつく。
何度も妄想してきた誘い文句やキザな台詞を使うこの上ないチャンスだ。
「呉本さん」
「…はい?」
は!名前で呼んだら気持ち悪がられるか?でも、『店員さん』っつーのも味気無いし…ってか、そんなことはどうだっていい!早く気の利いたことを…
「何歳?」
…げ。
散々考えてきたのに、咄嗟に出た言葉はそんなくだらない質問だった。
今までとは違う、純情過ぎる自分に落胆する。
だめだこりゃ…
「…ハタチです」
間近で見る、彼女の笑顔。
「お客さんは?」
暗い気持ちがふわりと浄化され、不思議な世界に引き込まれる。
「…二十五」
「ふーん。若く見えますね」
ぼんやりとその表情を眺めているうちに、店長らしき男に呼び付けられて彼女は行ってしまった。
新しく入った情報。
年齢、二十歳。
別に年下が好きなわけでも何でもないのに、また彼女への想いが強くなってしまった。
例えば、彼女が『三十』と答えていたとしても、同じ現象が起こっていたと思う。
やはり、最高の純愛だ。
氷袋を足から外し、彼女の姿を探すと、既に急がしそうに店内を走り回っていた。
俺はメニュー表を広げ、次の注文を考える。
今度、彼女が来たら、下の名前を聞こう。


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