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新月の恋
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新月の恋-1

「おいしかったねー」
「なー。宮本さんに感謝だよ」

夜8時すぎ。
彼の上司に勧められたレストランで食事をした私たちは、おいしい料理につられ飲んだお酒でほろ酔い気分だった。
酔いさましも兼ねて、駅までゆっくりと歩いて帰る。
彼──向坂勇輝(サキサカ ユウキ)とは付き合って2年になる。
ついこの間、結婚しようという話もでた。

27になった私ともうすぐ30の彼。
今はまだお互い時間の融通が利く。でも、あと少ししたら私も彼も忙しくなってしまうだろう。
時間のあるうちに。
プロポーズの前置きとしてはどんなものかと思うけど、なんだか彼らしい言葉で、私は笑いながら「お願いします」 と頭を下げた。

少し、涙がでた。


言葉にしないと何もわかってくれないくせに、自分からは何も言わないし。
優しさの表現が掴みづらくて、喧嘩したこともあった。
それでも、寄りかかる私を黙って受け止めたのは彼だったから。
「明日はぁ、おまえは同窓会だよなぁ」
「あははー。休日出勤お疲れさまでーす」
いい気分で酔うとやたら語尾がのびるのは彼の癖だ。
いつの間にか私にも移っていて、こういうとき「2年経つんだなぁ」 なんて感慨にふけってしまう。
「付き合ってたヤツとさぁ? 焼けぼっくりに火、ついたりしてなー」
「、いないって、そんな人ー」
ケラケラと笑いながら彼の目を見ると思いのほか真剣な目をしていて、私は言葉を失ってしまう。そして思う。
この人は、なぜこんなときだけ察しがいいのかと。


西脇智志(ニシワキ サトシ)。
今でも、その名を口に出す痛みには慣れない。
忘れたくて忘れられなくて。
捨てたくて、でも捨てられないこの思い。
消えた、と思ったのに光が当たるとまた輝き出してしまう。
僅かに残るその一線から再び膨らんでいく。
この思いは新月。
満ちる前に、私はまた消せるだろうか、この恋を。

「……明日、送っていこっか?」
「……んー、別にいいよー。てか仕事中でしょ?」
「……だよな。──まぁ楽しんでこい」
「もちろん」
賭け、だと思う。
150人以上も集まるという明日の同窓会。
その中で私は「あの人」 に会わずに、何事もなく帰ってくることはできるのだろうか。
たとえ会ってしまったとして。
そのとき私は何を思うだろう。
……きっと何もない。
「あの人」 と私は話さない。
それでも、その瞬間に胸に走る甘い痛みに気づいてしまったとしたら。私は──?


彼と結婚して、2人で家庭を築いて。きっと子ども生まれるだろう。
でも、私は思い出してしまうかもしれない。
あの痛みを。甘美な幻想を。
表立って見えないからこそ、裏切りよりタチの悪いものになってしまう。


彼に家のあるマンションの前まで送ってもらった。
エレベーターから降りて廊下から外の景色を見ると、街の光が映える暗い空があった。
今日は新月。朝に確認したカレンダーに書いてあったのを思い出す。
月はどこにも見えない。
けど、明日からまた膨らみ始める。


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